2018/05/04

ホメオパシー医の脳みそ

世界のいろんな所で、ホメオパシーが実践されていて同じホメオパシーのレメディを使い、ホメオパシーの名の下に臨床が行なわれていますが、そのスタイルは非常に様々です
ほぼ一様の学校教育を受け、こんなに狭いコルカタという地域のホメオパシー医師の臨床スタイルでさえ、見事に多岐に渡っています
(大学内は科によって先生方の大事と思うポイントが違うので、科対抗の冷戦が起きてるほど)

それは、ホメオパシーの父であるハーネマン医師が、事細かな臨床マニュアルを残さなかったから
ホメオパシーの臨床では、各自の『経験』に委ねられている部分がすごくすごく大きい
何のスケールを使うのか、ポーテンシーの選び方、反復のタイミングと頻度、どこからアプローチするのか、いつレメディを変えるのか、どれくらい待つのか
というのも、ホメオパシーの前提は、「個々が違っている」こと=Individualization
師匠はよく「その違った個々の治癒力にスイッチを入れる、それぞれの特有な鍵を探し出んだ」と言います
全員違う鍵を持っている
よって治療は完全オーダーメイド制
1人として同じレメディのパターンが必要となる人はいないでしょう
(だからこそホメオパシーはガン治療に大きな可能性があると思ってます。ガン発病の原因は複合的で、みんな異なるから)

だからマニュアル化するのは無理!

しかもハーネマン先生は晩年まで、速やかで穏やかで永久的に続く治癒を求めて、自分のやり方を進化させていったので、マニュアル化することによる『ホメオパシーという医療体系の成長』を止めたくなかったのかもしれません

真実であるからこそホメオパシーの基本となる原理原則は、時の試練に屈することなく、今も世界中で人を治癒し続けている
だけどその応用の仕方は人によって異なるのです

という前提のもと、以下わたしスタイルについて書かせていただきます
前提で既に熱くなり過ぎたw

最近自由研究として、男女の違いについての本を読んでいたのですが
自分自身において、男性的なところと女性的なところがあるなぁと思い



特に健康相談を行うとき、すごく男性的な面が働いているのじゃないかと思います
「患者さんの問題を解決しようと頭を使いながら話を聞く」
特に初診では、まるで数式を解いてるような脳の使い方をしているように思う
それも3次以上の方程式
柄の細かいマトリョーシカのパズルを組み立てているようでもある
あれこっちの方が大きかったな?あ、いややっぱりこっちか?
みたいな複雑怪奇な立体的なパズル

この複雑立体パズルが1日1、2件であれば、たのしいまま終わるものの
それが5件、10件、15件となってくると、脳みそ気絶状態に
午前中の病院の診察でそれだけの数をやると、その日は残りの時間何もできないくらいぐったりしている

最近気付いたのだけど、わたしは割とホメオパシーを知った始めの頃から、師匠の診療風景やライフスタイルを見て育ち、ほとんど「他のホメオパシー医師のスタンダード」に目もくれずにいたので、何においても、師匠の在り方が「自分のスタンダード」になっていた
だから自分もそれを目指すことが当然だと思っていたし、そうできるものだと疑うことなく思っていた

ところが、いざ始めてみると、そうではなかったという事実に衝撃を受けることから始まり
さらに師匠への畏敬の念が深まるという。。。

冷静に考えれば、もちろん「個々は違う」のであり、今の師匠の姿は、ほぼ毎日欠かさず誠実に臨床を重ねること約40年、その集大成的ものなのでした
それも毎日より良くなっていく集大成

この複雑立体パズルを解くためには、特定の脳の使い方があるのかなと
よく分かってないので一般的に言われることを真似て言えば、パズルを解こうとしてる瞬間は最大限に左脳を使っているような気がします
そして今のわたしは、このパズルを解く回路のコネクションを良くする作業を必死に行っているというか
比喩的に言えば、パズルを解くための特定の筋肉を鍛えている感じ
きっと筋肉が育てば育つほど、レメディが選ぶ瞬発力も、長時間やるスタミナもつくのかと
パズルを解くヒントを拾ってくるのは右脳なような気もするので、両方を使っているとは思うんだけど、圧倒的に育ってなかったのが左脳だったみたいで

AI研究者の男女の脳の違いに関する本も読んだのですが
男の子が小さい頃にぼーっとするのは、その空間認知力を伸ばすために必要な時間なのだと
まさにわたし最近めっちゃぼーっとしてます

ホメオパシーのマテリアメディカの翻訳もやったりしてますが、こっちはすごく右脳的な感じで
逆に脳が休まるというか快感に近い

びっくりするかもしれませんが、コルカタのホメオパシーの問診に「カウンセリング効果」を期待してるホメオパシー医はほぼ皆無だと思います
こうはっきり言ってしまうとショックかもしれないけど、私たちはただ単純に最適なレメディを探し出すために情報収集をすることを目的として話を聞いてます
だから「そんなに?」ていうくらい細くしつこく質問するときもあります
(師匠は同じ質問を時間を空けて何回かすることもあるくらい)
「現代医学で価値のないとされる症状ほど、ホメオパシーでは価値がある」と言われたり
 一般的な世の中では多分どうでもいいとされる類のことが、ホメオパシーではレメディ選択をぶんぶん左右させる
コルカタでは、レメディが選べたら、まだどんなに患者さんが話し足りなくてもそこで診察終了
ゴングが鳴ってしまうのです
無慈悲に聞こえるけど、毎日決まった時間でその日の患者さんを全員こなさなければいけない
そんな毎日が続くのです
だからこそ、私たちは症状を暗記します
4.5年かけてみっちり勉強します
そしてほぼ必ずその場でレメディを選びます
ここがきっと一番大きなコルカタのホメオパシーと日本や西欧諸国のホメオパシーの違いかもしれません
どのスタイルがより優れているということではなくて、これは環境から生まれた必然なのだと

狙ってないけど、結果として「話を聞いてもらった」感や、しつこく思いもよらぬ質問をされることで「気付き」なんかもあるかもしれないけど
特に「話を聞いてもらった」感による病状の改善は、一過性のものだと思っていて
私たちは、適切に選ばれたレメディの効果を信じています

あれ、何が言いたかったか忘れたけど、今日はなんか終始熱が入ってますw

そういう意味でも、毎日が本番でありながら、修行期間でもあり
このインターンの1年がきっとわたしにもたらしてくれるものは大きいはず
師匠の言葉「自分でやってみて初めて理解する」実践期間です

筋肉をつけるためには、筋肉痛という痛みを伴う段階を経なければならないように
やはり良くなるということは、簡単ではないけれど
同時に、苦しむということは良くなり始めているサインなのだと
『自然の法則』
これはホメオパシーの治癒の過程にも共通するもの

普段「がんばって」と言われても、ほとんどありがたく「がんばろう!」と思えないわたしですが
今は「きみもがんばれ!ぼくもがんばる!」な気持ちです(妹の高校のスローガン。一方わたしが通った高校のスローガンは自主自律だったので、それを聞いたとき軽く衝撃を受けた)

2018/05/01

2018年春ホメオパシー日本ツアーを終えて

今日はまるでJBかのようなタイトルで始めます

4月に約1週間程、一時帰国していました!
思いの外、ほぼ全ての日々、もとい時間がホメオパシーで、夢のようでした
というか「夢に見ていたことが、ほんとに現実になってる!」を実感させてもらう祝福された時間を過ごさせてもらいました

普段インドでの診察は、ほぼ100%実際に会って行う対面式です
そのメリットは、ホメオパシー医サイドからは

⑴ 触診を行えること、自己の観察によって客観的症状の情報量が増え確実性も上がること
例えば胸にしこりがある場合、インドではそのしこりの目視と触診を行い、皮膚が熱を持っているのか、どの程度の大きさなのか、どんな硬さなのか、しこりは動くのか、痛みはどこからどこにあるのか、他に周囲に異常はないかなど確認します
硬さ:石のように硬いのか、 ゴムボールのような硬さなのか、柔らかいのか→候補となるレメディが変わる
痛みの範囲:指一本で覆われる範囲なのか、それ以上なのか、また痛みが乳房から上方向に走るのか、下方向に広がるのか→候補となるレメディが変わる
このような客観的な症状は、とても信頼できる症状となるので、確実なレメディ選択に大いに貢献してくれます
むしろその中心にレメディの候補を上げるのが、わたしのレメディ選択のfirst step

⑵ 診察をする環境が整っている
わたしも診察時のマストアイテムがいくつかあって、大学病院で診察するときは
①Allen's keynotes(本)
②Boericke Materia medica(分厚い本)
③Kent Repertory(分厚い本)
④聴診器、ペンライト、消毒液、 血圧計、白衣、ペン
⑤おじさんが巡回販売するチャイ
を必ず携帯して、側に置いています
ビデオチャットで診察の機会を頂くときも、少なくとも①ー③が机に置かれていないと、わたしは診察準備が整っていないなーと感じてしまいます
条件反射的に選べるレメディのときはいいのですが、そうではないケースの場合、レメディ選択の確実性を上げる為にこれらの本を参照することは、わたしにとって必須です
ちなみに師匠の診療所の机にも②③はあって、今でも診察中にしょっちゅう参照する姿を見かけます(①はページの何行目あたりにどんな症状が書かれているかまで記憶されているので必要なさそう)

⑶ 『今のこの診察の時間』にお互い最大集中し、最大限の努力ができる
⑵に続いて、これは心の準備ということ
大学病院にくる患者さんは携帯を持っていればいい方で、スマフォはまだまだと行った感じ
医師によっては自分の携帯番号を教えたがらない人もいます
さらに結構遠方から(列車で3-5時間とか) やってくるので、そう簡単に診察を受けにやってこれない
だからこそ、その機会を大事にするし、全力で症状を教えてくれます
レメディの飲み方の説明をするときも、真剣に聞いてくれる
SNSが発展している社会ではついつい
「後でLineで聞けばいいやー」
「Lineがあるからいつでも連絡できる」
「言いにくいことは後でメッセージすればいいや」感が、自分も含め蔓延しているように感じます
日本は安全性も高く、「確実に起こる」ことが前提で生活を営んでいるようなところがありますが、でも人生ってほんとはあんまりそうじゃないと思ったり
少なくともインドでの生活で、今まで「確実性」の高さを感じたのは、わたしは師匠の処方くらいです
電気だってしょっちゅうなんの予告もなく停電します
だから「良いレメディを選ぶぞ!」「症状を伝えて良くなるぞ!」とそれぞれが集中して取り組む時間ってまたとない場であり、瞬間であると思ってます
その患者さんがまた戻って来て様子を教えてくれる保証はなく、わたしが明日もレメディを選ぶ機会を天に与えられる保証もない

わたし自身はもともと真剣な会話をメッセージや電話でするのが苦手なところもあり
大変申し訳ないのですが、常に診察モードで生活を送っているわけではないので、ランダムに入ってくるメッセージに対応するのが苦手だなぁと思うこともあり
実際に会って診察しているときであれば完全に『診察モード』なので、ホメオパシー医として今の自分の最大&最高の状態でいやすいのです

むしろ健康相談とはそんな掛け替えのないチャンスなので、わたしはせめてその時間だけでもホメオパシー医として、心や環境の準備を含めベストコンディションでありたいと思っています
そして今の自分として最高の処方ができるようにと

そしてわたしはできることなら故Allen先生のように肉体を離れる日まで患者さんを見続けたい
この先何年になるか分からないけど、きっとロングランになるかなぁと
そのためには健康な身体と健やかな精神の維持が必須であると思い立ち、ここ2週間ほど健康相談のお休みをいただいていました!
日本でプロのホメオパシー医として生き抜く準備の準備期間
またインドは今が真夏なので単純に作業効率が下がっている感プラスそろそろ卒論やらないとやばいのもあり

このタイミングで日本に戻り、自分に何が足りないかを実感できた
そしてまだインドで準備する時間が十分に残っていること
完璧ベストタイミング!

と長くなりましたが、結局何が言いたいかと言うと
今回ビデオチャットではなく対面式で健康相談をする機会をいただけたことは、本当にありがたいことでした^^
遠方から貴重な時間を割いて、相談しに来てくれた皆さま、本当にありがとうございました♡
わたしとしては、ビデオチャットでの診察よりもこの在り方がずっとインドの日常で行なっているものに、そして理想のカタチに近いのです (まだまだ改良しますが)
今はインドにいるのでどうしようもないのですが、日本に完全帰国してからは、「本当に無理です!」な状況以外はこのように対面式で行なっていこうと思っています

さらに今回の旅ではすごく素敵な出会いもあり。。。♡

今インドでしっかり準備をして、日本に帰るんだ!とすっかり士気高まりました

インドに行くことを決めたとき、インドでもがいている間
日本に戻ったとき、自分がどうやって生きて行くかちっとも見えていなかったけど
いろんなところから差し伸べてくれるあたたかな手によって、今はハッキリとしたvisionが見えるようになりました

いろんなところでいろんな人がそれぞれ真摯に積み重ねて来た努力や思いが、絶妙なタイミングで、まるで予定してたかのように重なって。。。
大きなものに祝福されている道に感じます

今回祖母に電車の乗り方までご指導いただくほど、インド人化甚だしいわたしですが、でもインドに慣れることができて、どうして母国に慣れることができなかろう!とのほほんとしてます
多分インドで一番養われた力がこれなのかも
「やればできると思える」力!

チャレンジ多い分しょっちゅうずっこけますが、また立ち上がりますとも!
Never a failure, always a lessen

おじさんにblogが長すぎと言われたことを気にして、この辺で切り上げまーす