2017/08/10

試験期間における愛の考察

ご無沙汰しております!


(おそらく)インド大学生活最後の進級試験が終わりました

何か起こらずしては終われないインドの試験

それは例えるなら高校球児にとっての甲子園であり、駅伝選手にとっての箱根であり、飲食店にとってのお盆休みなのですなんかちがったらスミマセン

つまりフル戦闘モードなわけです


人間が本気を出している時にこそ、数々のドラマが生まれる傾向なわけで

これまでのわたしだったらそれをおもしろおかしく、なんなら小バカにした調子で書き上げていたと思うのですが

今回はそういう気分ではなく


というのも、同じ寮で暮らす先輩後輩のサポートがほんとにすごかった

この寮はインターナショナルホステルなる名前がついておりますが、基本はスリランカホステルです

寮在住者の9割近くがスリランカ人なので、食堂で出てくるごはんもスリランカよりです

インドにいるのにシンハラ語をやたら耳にする稀有な場所でもあります

彼らはスリランカ政府から奨学金をもらって派遣された選ばれしものたちであり

日本の小学校低学年レベルで家族に保護されベッタリしていた環境の中から、突然異国の地インドへやってきたわけで

助け合わざるをえない

先にインドに来ていた先輩をお兄さんお姉さんと呼び、お兄さんお姉さんと呼ばれる人たちは後輩のことを妹、弟と呼ぶ

まさにこの寮は1つの大きな家族状態


そこになぜか紛れ込む日本人1


これまでは加わっているというより、ただ存在しているというか、まぁなんかいるよね的存在で、なるべく交わらずクールに過ごしていたのですが

今回の試験、また例の先生のなぞのエゴイズムアピール行動により、わたしは彼の科目の試験を受けられない疑惑が浮上


この試験なにが大事かというと残りのインドステイの期間がかかっているということでした

全科目パスすれば、11月くらいから1年のインターンをやってついに念願の帰国

1科目でも落とせば追試になって、最低6ヶ月はステイ延長

天国で過ごす6ヶ月となるか、はたまた地獄で過ごす6ヶ月となるか

ということでなにがなんでも一発合格したかったのに

試験を受ける前から追試になる宣告

すっかりやる気を失っていました


ところからのやっぱり全科目受けれるかもニュース

時はすでに試験2週間前をきっている


その状態からの盛り返しはほんとうにチームスリランカのおかげでした

(実際盛り返せてるかは結果をみないとだけど)

各科目得意な先輩がいて、それぞれがその科目を教えてくれる

日本だったら絶対お金を請求されるレベルの時間とエネルギーを費やして

夜中自分の睡眠時間を削ってまでも教えてくれる先輩たち

またそのクオリティの高さ

後輩は朝の寝起きに夕方の寝起きに、雨が降れば眠くなるからと13度もチャイを作ってくれたり、試験期間は食堂よりはるかにクオリティの高い朝食を学年交代で作ってくれて

ルームメイトは試験当日に着るクルタに毎朝アイロンをかけてくれたり、食堂に代わりにお昼ごはんを取りに行ってくれたり

口頭試験に含まれるcase taking中には、後輩が代わりにレパートリーシートを埋めてくれたり、先輩はケースを読み上げてくれたり

口頭試験の会場には必ず先輩も後輩も顔を出してくれて、お腹が空いてないか必要なものがないか確認してくれて


インドにいて初めて、"人の中で生かされている"ということを全身で感じた思いがけぬ貴重な時間を過ごさせてもらいました



インドと日本の対比で、日本は人様に迷惑をかけないようにと育てられるけど、インドは迷惑をかけるのが当たり前なんだから、人を許しなさいというように育てるという話をきいたことがある

実際にインドでお母さんが子どもにそんなことを言っているのは今のところ聞いたことがないけど、もし言っていたとしても言葉の壁でわかってないけど

たしかにインド&スリランカの人たちの迷惑のかけっぷりはハンパない


先にも書いた口頭試験中、科目によっては入院病棟でケースをとるわけです

それは事前にだれもが知っていることなわけです

そのケースをとる紙に普通は定規で線をひいたり、図を書くのに鉛筆を使ったり、間違えたら修正液を使うのは明白なわけです

なのに、どれも持ってこない

日本人的感覚からすれば、譲ってまぁまだ1年目なら分かる

今回わたしたちは4年目なわけです

さらにこのcase takingはわりと時間との戦いで、とにかく素早く正確に終わらせて、これから始まる口頭試験に備えて最後の詰め込みをしたい

それもみんなの共通認識のはずなのに、持ってこない

さらに日本人的感覚からすれば、持ってこなかった自分を恥じて、恐る恐る「貸してもらってもいい?」

でもインドではなにも言わずに右から左から手が伸びてきて、わたしも自分の手を伸ばして取り戻さないと返ってこない


また、それまであそんでて試験前に突然勉強ができてないとオロオロする人がいても、まぁ日本なら自業自得でしょだけれども

ここだとそこからみんなでなんとかしてくれようとする

一応あそんでたことへの小言は入りますが


さらに同級生の子は試験の時の提出物を代わりに先輩に後輩に書いてもらって、試験当日までになんとか間に合わせる



準備のよい人がいて、そうでない人がいる

得意な人がいて、そうでない人がいる

できる人がいて、そうでない人がいる

前者は後者を助ける

理由は、それが自分にできるから

後になんの見返りを求めるわけでもなく

とにかくそれぞれがよい方向に向かって、その時やれることやる



日本にもインドにもきっと同じくらい愛もやさしさもあたたかさもあると思うのです

ただその表現の仕方が今は全然違う

インドでは、お母さんや奥さん、ついでにいえば彼女も、まず愛する誰かのお腹が満たされいるのかを気にする

満たされていなければ、なにかをどうにか作ってなんとしてでも満たす

この国でどれほど「食事はすんだの?」と女の人たちに聞かれたことか

インドでお招きされて満腹で帰らないことはまずない

どんなに貧しいおうちでも、ごはんと豆だけのカレーだけど、これでもかというくらい食べさせてくれたことがありました


日本でもお母さんたちは、子どものことを愛し、いろんなことを気にかけています

添加物が含まれているのか

オーガニックかどうか

放射能はどうか

陰陽のバランスはどうか

本当によくここまでがんばれるなというくらい、勉強している立派なお母さん方

大人になったとき、子どもたちはお母さんの努力に頭が下がるはず

でもちょっと言いづらいけど、TBHわたしの経験からしても、子どものときは"それイコール愛されてるんだ感"につながりづらいのではないかという気がしています


日本では特に母娘の関係に悩む人がたくさんいるようで、わたしがホメオパシー健康相談を通して娘さんの話もお母さんの話もそれぞれ個別に聞く機会があったりします

娘さんは「うちの母は、母親らしくない母親であまり自分は愛されてこなかった」と

お母さんの話を聞くとお母さんは当時ほかのいろんな事情で、たしかに直接愛を表現できなかったかもしれないけど、できる限りベストの選択を娘のためにしたんだと


お母さんが娘の時代と娘が娘の時代と、大きく社会構造や価値観が変化していることもあるのかもしれません


日本にいる間、ついインドのノリで困ってそうな人がいると気安く声をかけてしまうのですが

大体いただく返事の第一声は「あ、大丈夫です」

インド化してしまってるわたしは(言い訳)それが日本の謙虚で慎ましやか文化であることを理解できずに、ならいっか!と返事を丸のみにして立ち去ってしまっていたのですが


愛はある、やさしさも思いやりもあるのに

表現する人と受け取る人がお互いに不器用なのか

お互い違うルールの上でそれを実践してしまっているのか

そしてお互いにそれを気付けないのか


コミニケーションのルールは、相互的であることだと聞いたことがあります(今日ちょうど習ったnew word 'reciprocal'

伝えたいことが伝わってはじめてコミニケーションといえる

まぁ100%正確には難しいこともあるでしょうが


それこそわたしだって今までインドやスリランカ式の愛情表現で育ってきてないので、突然手でクチョクチョされたカレーを口元に運ばれても、毎日3度母親から電話がかかってきても、正直ではありますが

同時にやっぱりおいしく丁寧に作られたカレーに、完璧なタイミングで出てくるチャイに愛を感じぜずにはいられない


胃で感じる愛

皮膚で感じる愛

たしかにprimitiveかもしれないけど、必要な時がある

満たされるものがある

絶対に


特にそこで苦しんでいる人たちがいるとすれば、確かに海外から賞賛される日本の美しい慎ましやか文化とは違うかもしれないけれど、そんなことを言ってる場合じゃないのではないかと


試験期間中、最高に情緒不安定になる中、自分の親子関係も含めて、なんだかそんなことを考えました



以上、試験期間における愛の考察をおわりますが

あ、それと愛の表現はタイミングがすごい大事だと思いましたがこれはまた今度


とにかくスリランカのみなさん、バーモストゥーティ!

ここにきてこんなことを体験できたこと、恵まれているなぁとじわじわ思っています


また試験期間が終われば、これまで通りの自分の目覚ましでは決して起きないルームメイトに、物を貸しては返さない先輩方にそんなこともろもろのチームスリランカは相変わらずですが


そんな中で生きる自分の気持ちの持ち用が少し変わったように思います


できることのバトンをつないで


Pay it forward 


もう一度、バーモストゥーティ!


後輩の淹れてくれた深夜のスリランカチャイ



(次回は、たぶん山の日デラックス試験期間における自分の考察でお送りいたします)

(いつか川の日もできるんですか?)