2017/05/21

なんでインドか

ホメオパシーを学ぶのになんでインドなのか
人に問われる以上に、自分で自分に問いた回数のほうが多いかもしれない

発祥の地ドイツではなく
王妃もホメオパシーを愛するイギリスではなく
ジョージヴィソルカスの学校があるギリシャでもなく

インド

外国で暮らしてみたいとぽわんと夢見たこともあったけど、それはどちらかというとアメリカのpartyなイメージで

インドに恋い焦がれたことは、覚えている限り今生では一度もない

この四年半の間、わたしに課題を与えてくれたのは、ホメオパシーよりもはるかにインドだっただろう

知らんぷりを決め込みたいところだが、わたしはなんでインドなのか知っている

男性が全くタイプではない
クラブで流れる曲が全くタイプでない
同級生たちがはしゃぐあそびが全くタイプでない

つまり、わたしがインドでやることは
勉強か自分に向き合うか

精神的にはしっかり、経済的にはそこそこ安定した家庭でのびのび育って
失敗も挫折もそれなりにはあったけど、それは全部自分のやりたいことの延長にあったことで

「ここらでこいつ頑張らせとくか」
神さまの粋なはからい
ほんとにわたしのことよくご存知で

これが最初の問いを投げたときに、わたしがたどり着く見解

そんなインドももう残り1.5年
夏はあと1回

インドにシミを作りにきたわけではなく
ましてや思い出を作りにきたわけでもなく

じゃあなにをしにきたのか

インドにきてから、自分に問いかけてばっかりです

なにかが実りますように



息をするのがやっとなわたしのコルカタの夏だけど、それだけ色が濃い

さぁ、帰ろう
ホームスィートホーム!

2017/05/05

憎まれっ子、インドに憚る

(インド基準では)痩せてていいね!とインドの友だちに言われ、わたしの健康維持方法をとくとくと披露している中で
熱いお風呂にも入ってるよ!と言ったら、ここは自然のサウナだからわざわざ入らなくても大丈夫だよと
たしかに、部屋でハタヨガをやれば、それはすなわちホットヨガになるここインド、コルカタは夏真っ盛りです

わたしの夏の星めぐりが悪いのか、過酷な夏だからなんでもヘヴィーに感じてしまうのか
インドでの夏は、なんらかの試練がやってきます
一番最初の夏は大部屋にぶち込まれたとこからインドスイーツ爆食いで激太り事件
その反省から試験が終わるとその日のうちに高飛びしてた2年目、3年目
ここコルカタの試験システムはインドらしく、全学年がいっせいに試験を受けるのではなくまず1年生、それが終わってから2年生。。。と順繰りにやってくるので、自ずと毎年試験の時期が少しずつズレて、いよいよ夏を避けられなくなった去年
いつ終わるとも分からない学生たちのストで試験を受けられる受けられない騒動からの村八分
学年91人のうちたった7人で臨んだ試験は、今となっては良き思い出です
あの時も辛かったなぁ。。。

天候的条件に加えて夏が辛いもう一つの理由は、これまたインドらしいというか、長期休みの設定にワケがあって
夏休みが5月中旬から約1ヶ月+試験休み=約2ヶ月
↓約2ー3ヶ月後
puja vacationが10月中旬から約1ヶ月
↓約6ー8ヶ月後(試験は夏休みは全く考慮されずに行われるので長さがいろいろ)
翌年の夏休み

というすさまじくアンバランスな長期休みの配置で、puja vacationから次に帰国できる時までの時間の長いこと!

さてそんな今年の夏はどんな試練がやってきたのかというと、インドいじられ祭です!
わたしが通う大学はインド唯一の政府立ホメオパシーの大学で、日本だと想像できなさそうですが完全にホメオパシー版「白い巨塔」です
ちなみに、これまた日本からすると考えられなさそうですが、インドのホメオパシーは完全に男社会なのです

わたしの師匠は、そんな大学の中で、一番行列のできる外来医で、その謙虚さとマテリアメディカの知識から学生たちにも愛され。。。結果、ほかの先生たちからの嫉妬の的となり。。。詳細はよくわからないけど、自分でその地位を退き、個人診療所で身を立てる決断をしたのでした
インドで公務員はやはり福利厚生に恵まれた安定の職業である中、さらに支える家庭もあっての中で、大きな決断だったと思います
で、話を現在に戻すと、嫉妬に燃えた先生方がめでたく今も大学に残っておりますので、この師匠を師匠と仰いでいるわたしがどうなるかというと。。。(過去にスパイを送り込んできてどの学生が師匠の診療所に通ってきているのか確認され済み)
光栄にも授業で最低2回はあてられる(1回もあてられない生徒もたくさんいる中)
case takingをする授業でわたしが提案するレメディは全否定される
なんなら今までの勉強の仕方を全否定される
さらにはインドにきてからの時間の過ごし方を全否定される
そしてこの方々の脅し文句は、「きみの行動は次の試験の結果に影響しますからね」

先生方の感情に試験結果が左右されるというのは、実際うちの大学で珍しいことではないようで
学生たちのごますりのプロさ!
それに比べてわたしのごまのすれなさ!

これは今に始まったことではなく、思い返せば小学校の時も先生と折が合わないことがあって
学校でいっさい笑わずに過ごした1年とか
学校とか権力とかどうも苦手!

しかしここインドではわたしのブスっと攻撃は、どうも違う解釈をされるようで
笑わない=真剣
「まい、静か過ぎる!もっと話しなさい。もっと笑うようになれば早く上達するようになる」
と言われたのは放課後のヨガ教室で
たしかにほかのおばちゃんたちのしゃべること、しゃべること(ヨガやりながら)
わたしからすると、いやヨガしに来たんだよね?だけど
これが真剣過ぎると言われる由縁なのでしょうかw

そう、いじられ祭といったのは、いじられのはこの大学の中だけではなく、ヨガ教室でも、加えて寮の部屋でも
(ルームメイトも面倒見がいいってことは。。。なのでした)
正確にはいじられるというよりは、ご指導ご鞭撻をいただくというやつです
大学でのからみは、「られる」というよりは「め」に置き換えたほうが適切なんではないかと何度も思いましたがw

これもインド(&周辺国)と日本の違いの一つなのかもと前向きな解釈を
わりと信じてもらってやりたいようにやらせてもらう環境でこれまで育ってきて
たぶん勉強しなさいと親に言われたことは一度もなかったような(お風呂掃除してとかはあったけど)
そっとしてもらう、失敗してもいいからのびのびやらせてもらうことに愛を感じる日本人、というかわたし
一方ここインドでは、お母さんたちが1日少なくとも4回とか寮に住んでる子どもに電話してくるような感じで
子どもも電話がないと、ほっとかれていると感じて落ち込んだり怒ったりするそうで
そんなことされたらわたしはもう母さんの番号ブロックしちゃうよって感じなのですが
干渉される=気にかけられている=愛されている
というインドの方程式
頭で理解できても、心がついてかなーい
せめて学校だけならまだしも、放課後も、さらに部屋に戻ってまでも。。。
かといってブスっと攻撃が真面目解釈されるお得感満載で虚しさいっぱいのインド!
どうするわたし

な精神状態で気温38度湿度80%以上
グチりの綱の マイシスターも忙しそうだぜ!
ブログに書きたくても、母ちゃん心配しそうだぜ!

(インドブログは状況説明から入らなければいけないので、いつも大変な分量になってしまい恐縮です)

いつも通り、悩み抜きました!

1.嫉妬に燃える先生たちとの向き合い方
分析した結果、敬意をかいまも見せない自分の態度が、余計先生たちに火をつけていることを理解しました
かといって尊敬できないものは尊敬できない
ごまなんかすれない
でも先生たちの指摘が全部的外れかというと、たしかに授業中の質問に答えられないのは明らかに自分の勉強不足によるもので
だから、これは先生たちと向き合っているというよりも、自分のエゴとの戦いなんだなと
笑えない自分
自分の非を認められない自分
先生たちの神性を認めない自分。。。

師匠のもとに通うのを控え、基本の勉強をまずしっかりすることにしました
先生たちの神性に敬意を払うことに決めました

そしたらいとも簡単に先生たちの態度が一変
わかりやす過ぎるよ、インド 人!

2.結果に対する心構え
指摘を受けると、わたしの性格はまず怒りの感情が湧き上がってくるのですが
マイシスターは、「ああそうでしたか」って感じで、まず滅多に怒りません

指摘の件に限らず、とにかくインドでこれまで一番向き合ってきた感情が怒りで
なぜなら、ちっとも「わたしの」期待通りに事が進まないから!
今になって思い返せば、いちいち日本の当たり前をこのインドにあてはめてしまっていたのだと、それはうまくいかないよと
だから最近は、うまくいっても「ああそうなの」うまくいかなくても「ああそうなの」の精神で

クリシュナも「何事もヨガの境地で行い、結果に対する執着を捨て、成功も失敗も平等に観よ。いかなる環境にあっても心を平静に保つことがヨガである。」とおっしゃっています

たしかに師匠も、フォローアップできた患者さんが「すっかり良くなりました!」といっても「ひどくなってるんだけど、どうしてくれるの」(ホメオパシー的悪化としてあり得る反応)といっても、「ああそうなの」な顔をして話を聞いています
わたしはかなりわかりやすく患者さんたちの経過に一喜一憂している今現在
これじゃあ1日100人みるホメオパシーの医師にはなれないなと

良くなるように自分のベストは尽くす!その後の結果は任せる!
これがわたしにとってインド生活をなるべく怒らずに過ごす極意かもとようやく

怒られても「ああそうでしたか」けなされても「ああそうでしたか」褒められも「ああそうでしたか」


そんなこんなで持ち直し、というかなによりも帰国の時が日に日に近づいているのが一番のレメディのような気もしますが
なんとかやってます!
いろんな人のいろんな表現の愛に支えられてるんだな!

順調にいけば、インドで過ごす夏ももうあと一回だけ
当初は恐ろしく長く感じられた6年ももうだいぶ終わり寄り
インドにホメオパシーを勉強しにきたつもりが、人格矯正プログラムがメインだったなんて
どこまでも恵まれております


あーおいしいざる蕎麦が食べたいな!