2017/12/26

奇跡のような毎日

元ルームメイトに言われました
「didi(hindi語でお姉さんの意)、試験前はそんなに勉強してなかったのに、インターンシップが始まってから勉強忙しそうですよね」

勉強してますアピールから始めます
2017年の締めくくり!

というのも、ほんとになぜ試験をパスできたのか謎なくらい、ほとんどついていけてなかった特に一年目の解剖学と生理学。。。
臨床始まって、その医学の基礎知識の大切さが日々痛いほど身にしみてます。。。

というのも、インドではホメオパシーはほんとにほんとの医学として人々に認識され、実践されているので
「まじで、これもホメオパシー?しかもインターンのわたしが診るの?」
な症例がたまにやってきます

わたしが通う大学National Institute of HomoeopathyはKolkataの行政区?のようなところにあって、診療は最初の登録料5ルピー(約10円)のみ、あとは薬代も含めて無料!
Instituteなので、研究機関でもあるようです
Materia Medica科の大学院の先輩たちは、Materia Medica Puraに記載されてある症状が実際に臨床で効果が得られるのか、やってくる患者さんで検証中だそう
Pharmacy科ではこの前Drug provingもしてたようです

そう、無料なので、なのか他に理由があるのか、患者さんはWest Bengal州の方々からやってきます
時にバングラディッシュからとか、列車で5時間かけてやってくるとか
外来は午前中しかやってないので、前の日入りして学校の敷地内で野宿して待つとか
そして患者さんのほとんどはたぶん高等教育は受けていないので、たいていベンガル語しかしゃべりません(日本人もほとんど日本語しか話さないけど)
この一ヶ月で80人くらい診察して、英語で問診できたのは1回だけ

そんな患者さんたちは、なんというかとてもピュアというか
精神面においても、症例としても、なんか手付かずというか

これアロパシーの病院いったら速攻入院だよね
みたいな症例でも、本人全然認識なくのほほんとやってきたり
 ↑dancing carotid
便に寄生虫が時々出てくるのよね、ちっちゃいやつよ
とさらっという人が結構多くて、昭和生まれ平成育ち日本人のわたしは結構衝撃を受けております

住んでればしゃべれるようになるよと言われ続けて早5年のわたしのベンガル語。。。
そんな患者さまたちなので、とにかくわたしがベンガル語を話してコミュニケーションをとるしかなく
正直多分1歳か2歳児程度のベンガル語レベル。。。いやそれ以下かもしれない
それでもほとんどイライラせずに、一生懸命症状を伝えてくれる患者さんたち
さらには、後ろで列をなしている他の患者さんたちが、ベンガル語からベンガル語への通訳をしてくれたり
毎日随所でわたしの必死なたどたどし過ぎるベンガル語に笑いが起こりつつ
(この前「血液検査してね」って言いたかったのに「血液掃除してね」って言っちゃったw)
最後はありがとう的な雰囲気を出して帰っていってくれる

奇跡のような毎日です
こんなに病変のある症例を見られること
医師として診察ができること
ベンガル語で患者さんたちとコミュニケーションをとっていること
ホメオパシーにfaithと情熱を持った人たちと議論できること
約200年近く前に実践されていたHahnemannの叡智が今もそのままの形で生きて人を癒していること
そしてその機会を与えられたこと


普段師匠の診療を見ていると、処方箋を書く前に師匠が選ぶレメディが分かることもあって
なんだか自分もそこそこ出来るような気になってたのに、いざ自分で始めると、全然そんな風にいかなくて
いかに師匠のcase takingのスキルが高いか
レメディの知識を実際の症例に応用するスキルが高いか
愕然として落ち込むくらい

さらに大学院生や他の医師と同じ机に座って、めいめいに患者さんを同時進行で診て行くので、他の人の処方をみる機会もあって
今まで完全に師匠一筋で、授業や試験以外ではほとんど先輩や先生に教えを請わずにきたので、新鮮なのですが
うちの大学ではなかなかイケてる大学院生や先生の処方をみていると
わたしごときが偉そうに申し訳ないのですが
師匠の処方の精度の高さにまた唸らざるを得ないかんじ
ひどい先生は、種類の限られた大砲(Rhus tox., Bryonia, Nux vomica)をドカンドカンと、しかも方角違ってますよーな感じで打ちまくっているのに対し
イケてる先輩は野球のノックくらいの感じでしょうか
そして、師匠はまるで針に糸を通すくらいの精度でレメディを合わせていきます

自分の足りなさに気付かせてもらえること
謙虚にさせてもらえること
ありがたいことだなぁと思っています


そんなインターンシップ中の奇跡のような一瞬一瞬

わたしはインドへなんだか気がついたら来ていたようなかんじだったので、
というのは自分の猛烈な意志で来たというよりも、なにかに導かれて来たような流れで
そしていざ始まったインドでの日々は、皆さんがご存知の通り
わたしにとってはこれまで苦行以外のなにものでもなく
そのため、このインドでの日々は、どうも押し付けられたように思ってしまうことが多く
インドの人々を愛することもできず、ベンガル語にも一切興味が持てず
日本への帰国を願うばかりの日々で

それが最近、このインドでの日々は与えられたものであると、そんな風に思うようになりました
インターンが始まったからなのか、インド生活の終わりが明確になったからなのか
なのかなのか

まだまだろくに話せないけど、ガソスタの兄ちゃんたちにベンガル語でいじられたり
花屋のおっちゃんにベンガル語でお花の水やりの仕方を教わったり
そんな他愛もなさげなことに、ちょっとしあわせ感じたり
ベンガル語を話したらこんなに世界がラクになって広がっていくんだなって
それでかインド人へのイライラもだいぶ減ったかも

残り約10ヶ月、必死に追い上げていかなければいけなくて
今の自分の足りなさに焦りつつ

でも最近少し大人になったと我ながら思うのは、
「少し長い目で見る」という視点を持てるようになってきたこと
これまでは、「今がダメだとそれまでも全部がダメになってしまって、これからも全然ダメだ」的な思考パターンになりがちだったけど
いい時もあればダメな時もある
今がダメでもこれからがダメとは限らない
自分の努力やカルマや神の意志次第で変わりゆく流れの中にいるのだと
思えるようになってきたこと

といっても解剖学の教科書広げるとやっぱり焦りまくりなのですが
神さまのキャスティングはいつもすてきで、助けてくれる人がいつも誰かしらいてくれるので
わたしもしっかり与えてもらったわたしの役を演じきれますように
いつも人に助けてもらう役ではなく、たまには人の役に立つ役を果たすことができますように
インドでその力をしっかり養うことができますように

明日はイケてる先輩が寄生虫への処方についてカテキョしてくれるそうです(無料!)
寄生虫学の教科書開いたら、何も覚えてないという衝撃事実がまた発覚したけど
たのしんで勉強していこうと思います
↑外来の診察の合間に院生の先輩が個人的にやってきた学部生に個人的に教えてくれるの図


誰かとはしゃぐクリスマスもよし、一人でblogを書くクリスマスもよし
この一瞬はこの一瞬しかなく
どれもがわたしに必要で、与えられたもので
そこにいつも感謝と愛をそなえていられますように

生まれてから2017年まで肩にぎゅっと力を入れてやってきたわたしを一つ納めて
2018年から少し違うモードでやっていけるといいなと思ってます

今年、わたしに学びの機会を与えてくれた皆さま
どうもありがとうございました!

ホメオパシーに希望を見出し、わたしに信頼をよせてくれた、勇気ある人々によって
わたしは生かされているのだと思います

どうぞよいお年を♡
I pray for your health and happiness!!

↑今いるのはこんな耳鼻科の図



2017/11/16

今日からプライマリーヘルスケア病院

鬼のような感染病院での15日間を終えて、今日からプライマリーヘルスケアセンター

同じ病院の中に現代医学の外来とホメオパシーの外来がある

さすがインド


ここで私たちは薬の調合をするらしいのですが、あるのは初めてみる会社のもの
よく見ると「政府専用」

さすがインド


机に一緒に置いてあるグロビュール(砂糖玉)は黄色いどころか茶色い
よく見ると2012年製造

さすがインド

今日から採血もしないし患者さんを傷つける恐れがないかと思いきや、お腹を壊させちゃうかも

まぁインドの人々だし大丈夫なんでしょうかね


9時に来いと言われて、ここに座り始めてはや1.5時間
誰もこない…

さすがインド

2017/11/05

大人になる

もう一時間くらいで30歳になろうとしています
どきわく!

30歳といえば、MISOZI
母がわたしを生んだ年齢でもあります

誰がこんなMISOZIになることを想像したでしょうか!



インドでは大体この時期PUJA vacationと言ってヒンドゥー教の祝日の嵐なので長期休みにつき、この5年間における誕生日は1回を除いて日本で過ごしていたような
その貴重な1回も日本人の皆さまと聖地巡礼をしていたので、盛大にお祝いしていただきました
インドで一人で迎える誕生日というのは。。。というか誕生日を一人で迎えるというのは、もしかすると生まれてこの方初めてのことかもしれません

一つの大台に乗るような気がする30歳
F***年齢!と口では言っても心のどこかではやはり気にしているところがあり

いつの頃から若く見られるとはしゃいでいる自分がいたり
6歳下の妹と並ぶと明らかなピチピチ感の喪失を目の当たりにしたり
なんだかおでこにシワのようなものがあるようなないような見なかったことにしたり

確かに肉体は日々水分を喪失しているのでしょう
もう、それは認めます
はい、ここに認めます
わたしはもうピチピチ感のない三十路女です

だけども、ひがみでも強がりでもなく
いま、わたしは歳を重ね大人になっていくことが
とても光栄なことに、
とても豊かなことに感じています

ここ最近思うところあって、心理学系の本を読んだり
それを実践してみたり

それは主に、自分の今の在り方が子ども時代の養育者との関係性に関連しているのではないかという仮説に基づく考察と実践なのですが

これは子どもであったわたしにはできなかったことだと思うのです

何かを問題として認識する
それを解決しようという自らの意志を持つ
それについて本を読んだり、映画をみたり、人と話をしたりして、勉強し研究する
解決策を実践に移す
その効果を観察する

物心ついた時から、自分の意識が変わったつもりは全くないけれど
明らかに、生きるスキルが上がっている
選択肢が増えているし、できることも増えている

自分が好きなことを知っているし
嫌いなことも知っている

わたしは、すごくザックリみれば、大人になるにつれ自由になっている気がするのです

子どものときは、違和感を感じでも「それっておかしくない?」って大人との力関係で言えなかったけど
今はたとえ言葉にして言わなくても、「わたしにとってはそれ違うな」って受け流すことができる


そのときは失敗したように思うかもしれない
社会の常識からしたら正しくないのかもしれない
宗教規範からしたら良いことではないのかもしれない

それでも、そのときそのとき、これまでの人生わたしにできるベストをしてきたんだと、なんだか今は思います


家族水入らずで過ごした誕生日
心友が夜中に自転車でケーキを持って待っていてくれた誕生日
生クリームまみれになった誕生日
生まれて初めてインドの地を踏んだ17歳の誕生日

0歳の生まれたその日に祝福してもらったことも含めたら、もう30回も、ただ生まれてきたということを祝ってもらっている


誰にとってもそうであるように、人生山あり谷ありで
いつもいつもがしあわせでしたとは、どうやっても言えないけれど

あの悲しみもあの苦しみもあの悔しさもあの怒りもあの罪悪感も
あの喜びもあの爆笑も
あの日みていた夢もあの日心に封印した夢も
あの出会いもあの恋もあの失恋も
あの日みた夕焼けもあの時の暗闇も

みんなみんなわたしを豊かにしてくれている

1年前の29歳のわたしより、豊かなわたしがここにいます



ここ最近、結構簡単に「自分を大切にしてね」とか言われてる気がするけど
実際自分を大切にすることってどういうことなのかあんまりちゃんと語られていない
その言葉に、例えば「あんまり夜遊びするなよ」とか「ちゃんと貞操観念を持ちなさい」とか「ジャンクフードばっか食べてたら将来ハゲるよ」とか「そんなミニスカートばっかり履いてたらお腹冷えますよ」とか本当に伝えたいことを隠しているような気もする

わたしにはどうしてもその簡単に投げかけられる重いテーマが理解できず

ある人は「自分の才能を大切にすること」だと言ってくれたり

今までどうしても興味を持てなかったことの一つに、こう見えても「お料理」があって←
人のためにならやる気になれるのに、自分のためだったらお腹すいてももう寝ちゃえばいいや!みたいな
それから子どもときから強く負けず嫌い傾向があり、それでここまで磨かれてきた部分はあるにせよ、結局自分のモチベーションが人との比較に依存している節もあるわけで
人より上手くできなさそうで、そこまで好きじゃなかったら、もう始めからやらない体質もあったわけです
料理に対してもそういう傾向があり
食わず嫌いならぬ、食うのは好きだけどやらず嫌い

やたら運動だったり美容系には燃えるのに。。。

だけどここ最近、男の料理もビックリな大胆料理に励んでいて
もちろん自分だけのために

今のわたしにとっては、それが「自分を大切にする」ということにしっくりくる一つの答のような気がしています

自分の声を聞いて、気持ちよく自分で自分の欲求を満たす

日本に帰る度に脂肪貯金を増やすのが大体のパターンなのだけど、
ここインドはそんな女子にとても素敵なところで
満月に見間違われるわたしに「かわいくなって帰ってきたね!」と真顔で言ってくれる

今回そんな料理熱のために一向に脂肪貯金が減らないんだけど、まぁそれもいっかと

もう人のために痩せるのとかやめよ

「自分と深くコネクトする」

そんなわたしの30代始まりだぜ!!




Everyday we lit yeah!






2017/11/03

インターンシップのはじまりはじまり!

念願のインターンシップが、2017年10月18日から始まりました!

毎日患者さんをたくさんみれるなんて!
もう授業に出なくていいなんて!

すっごいたのしみにしてたのに…

現実は厳しく
というかわたしの認識が甘く

ベンガル語ぜんぜんわかんねー!
主訴ほとんど理解できねー!
(患者さんはほぼベンガル語しか話しません)

ついにこの5年間逃げ回ってきたベンガル語に向かい合う日がきたようで
逃げてもいいけど、やっぱりいつか正面対決する日がくることを思い出し

最初数日受付のおばさんがわたしには全然患者さんをまわしてくれず、そのおばさんをうっかりベンガル語でおばさん呼ばわりしたら「シスターと呼びなさい」と怒られ
落ち込みスタートのインターンシップではありますが
なんとか持ち直した頃、次の行き先は公立の現代医学の病院

このインターンシップは1ヶ月毎にいろんなところを周ります
自分の大学内では、婦人科、小児科、内科、マテリアメディカ科、Organon科、歯科、耳鼻科、レパートリー科
それから外の公立病院3箇所(産婦人科での実習も)
自分の大学では、基本的に外来の患者さんを10時から15時くらいまで診察
よくわからない症例以外、結構インターンがさっさと処方してしまうという…
コルカタのホメオパシーのレベルが下がっていると嘆かれる近頃…ホメオパシー教育は非常に難しいものなのかもといったかんじ…
ていうか誰も臨床を指導する気もないというか…仕方が分からないのか…

そして11月から始まった公立病院は…


わたしは自分の大学の入院病棟を見るたびに、どんな重病になっても絶対ここには入院しまいと心に誓うくらい、今まで見た中での最低レベルにランク付けしていたのに
ここにきて最低が入れ替わるという快挙!
なんと1つのベッドに2人、ひどい時は3人の患者さんが横たわっているではありませんか!
下痢病棟の入院ベッドにはマットレスもなく、鉄のベッドの上にゴムのマットがびろーんとひいてあるだけ…

そこでわたしたちは、今まで全く練習もしたことのない採血に励んだり、狂犬病ワクチンを摂取したり、現代医学の薬を処方したりと
ドキドキハラハラそして大胆な毎日を現代医学の医師たちのご指導のもと過ごしています

まだ3日目だけど、現代医学の強みを垣間見たり、ホメオパシーの良さを感じたり
これもインドのホメオパシー教育における醍醐味かもしれません

気がついたらあっという間に一年が過ぎてしまいそうな、久しぶりに充実の毎日

深く濃いものになりますように

逃げ回ってきたものと、ちゃんと向かい合って
スーパーパワーをつけて日本に帰るぜ!

2017/10/17

スタンダードが入れ替わることと、すきについて

インドに住み始めて1、2年の頃は日本に馴染めなくなることを大いに危惧してた

テレビでみた年を取ってからのオノ・ヨーコさんが鮮烈で

その鮮烈さをいつか自分も放ってしまうのではないかと


それが5年ももう終わろうとしている今は、すっかり自分の中のスタンダードが入れ替わっている

インドにいて「おかしい」と思うことより、日本にいて「おかしい」と思う瞬間が増えた

うっかりその自分の基準で、正しい、正しくないと声を上げそうになるけど

それはただスタンダードが違うだけ


国を超えると正義の基準さえ変わってしまうことがある

カリフォルニア州では大麻を吸うことは合法だけど、日本では犯罪者だったり

日本ではスケボーだって公道で滑ったら違法らしい

ちなみに今乗り換えのためにやってきたタイではブッタの絵をタトゥーにしたり装飾用に使ったり信仰以外の目的での使用は違法だそうで

時代によってだってスタンダードは変わる


そうなってくるともうほんとに自分が心からいいと思えることをやるしかないのでは、と思う

日本の学校教育では、いつも答えがあって、その答えは1つだと教えられて

さらにその答えは自分で生み出すものではなく与えられるものだと刷り込まれる

どんなに人の話を聞いても

どんなに名著を読んでも

やっぱり最後は自分の納得度な気がする

といいつつ真理は1つであるという気もしてる



さてさてまだまだLAショックを引きずっていて

LAでは言葉で理由を説明できないすきなものにたくさん出会った

海、潮風、太陽の光、青くてでっかい空、晴れの毎日、夕陽、スケボー、サーフィン、ストリートカルチャー、日常を支えるhip hop、所有する物質が少なくてもすきを大事に夢を大事に生きる人たち、苦しみを越えて明るく笑う笑い声


それからたくさん心を使った

スケートボードに乗ったときの恐怖感、大きい波がくるときの恐怖感、痛いところをつっこまれて怒り、傷ついて悲しみ、寂しそうなホームレスの人をみて哀れんで、友達のジョークに笑い、人の優しさに触れて喜び

こんなに自分って恐怖を感じるんだとか

こんなに人の言葉や行動に一喜一憂するんだとか


インドにいて刺激される感情といえば、主に怒りで

無表情時間が長すぎるために、目尻にシワが少ないんじゃないかという結論にいたるくらいの過ごし方をしてきた5年間


心のすきじゃないの声を無理矢理頭で押し込んできた5年間


LAにいてインドの話をする度に「実はインド全然すきじゃない」と言えるようになったこと


それなのにアメリカにないものが、日本にもないものが、実はインドには溢れてて、案外そんなにインド嫌いじゃないかもと思うようになったり


新たな視点を獲得したことが、わたしの姿勢を豊かにしてくれる

それはそれで迷いが増えるといえば増えているんだけど、豊かに迷っているんだと思う


インドで過ごす最後の1

そこにわたしの未来がかかっているような気もするし、なんくるないさーな気もする


チャンドラーさんにヤマニヤマの深い解釈を教えてもらって

まさに自分に対する信頼は、気合いとか信じよう信じようとして得られるものではなく

自分自身の信頼を裏切らない、自分の努力を積み重ねていくことによって少しずつ形を成していくのだと気付いた


マヤアンジェローさんは何かを得るためには必ず代償を払わなければいけないといい、

それがきっと努力という代償なんだと思う


わたしにとってはいつも頭でどうこう考えて出した結論より、直感のゴーサインのほうが確かで揺るがない

理由を説明できないけど、すきなものはたぶん死ぬまですきなんだと思う


いつもチャレンジしてきたような気がするけど、この1年は自分に嘘をつかないというチャレンジを


目標のために、具体的な努力の仕方を学ぶことは大事ですね


今はインドに対して、自分の人生に対してこんなattitude



嘘をつかない、他人にも自分にも

せっかく「すき」に出会えたんだから大事にしようと思うのです

2017/10/03

ふとしたときに思いをはせる場所

自分がどれぐらいできるのか試したくて、アメリカ大陸はLos Angeles

できるかどころか、どれくらい足りてないのかを確認することに


インドの地を初めて踏みしめた時、たしかに驚きはあったけど、俗に言われる「インドに行ったら人生変わる」程の衝撃はなく

どちからといえば、インドにいることで徐々に自分が変わりつつあるような感覚

それがLAにきて、予想外のカルチャーショックの連続で


自分が揺さぶられる

なにかが変わりそうなどかーんどかーん


偶然か、この世に偶然なんてないのか

このタイミングでLAに着いた途端、背中に鬼のようなブツブツ大量発生(写真を撮る気持ちがわかないくらいの)

はじめはアメリカ用に気合いを入れてやったインドのワックスのせいかと思ったけど、どうもhomeopathic aggravation

10代初期の頃から発症していた背中ニキビに師匠がさらっと処方してくれたAnantherum-m 30C

1週間に1度レメディを1dose取る度に様子が変わっていく


ホメオパシーの原則は「似たものが似たものを治す」


この旅の中で1番の衝撃だった青年は、よくよく考えてみると自分のsuper extreme versionみたいで


自分が自分で勝手に作ってる限界、制約、思い込み、プレッシャー、罪悪感

アメリカにくるまで存在することに気付いてもいなかった、自分が持ってるたくさんのステレオタイプ

信じたいのに信じきれない弱さ

同時に社会に置いてけぼりにされる人たちにみせるやさしさと深いcompassion

そして痛いくらいの真剣さ


いろんな人にLAにいるなら、ベガスいったほうがいいよー!グランドキャニオンにいったほうがいいよ!いろんなアドバイスをもらったけど


今のわたしは人に会いたくて

人に関わっていたくて

人を通して世界をみたくて


こんなに自分が人に興味があるとは


これまでの人生、唯一絶対に自信があるのは人間出会い運

いっつもその時その時出会うべき人に出会わせてもらってる(Rinさんに言われて気付いた)


特にアメリカでは、見た目からライフスタイルから宗教観から人生の価値観まで、ほんとにすさまじいバリエーションがあって

自分の顔の大きさも足の短さも美しい個性の一つと思えるくらい

ホメオパシーもベジタリアンもインドも、「あ、そう」ですませてもらえるかんじ

そんなdynamicdiversityの中で、何をするのか何を着るのかだれと時間を過ごすのかという選択をしていくことは

自分の感性ときっちり向き合っていく感覚


この1ヶ月、相当迷いながら選び取ったもの

いろんなプレッシャーからほぼフリーに

自分が本当にすきなものがなんなのか

本当にやりたいことはなんなのか

もしかしたらインドにいる5年間向き合うことから逃げてきたことだったかも


もっともっと自由に

もっともっと真剣に

全身全霊で信じて

ちゃんとしあわせでいる


いっぱい失敗してきたようにみえる人生だけど、やるべきことをやってきたという確信

会うべき人に出会ってきたという確信

これでいいんだと思ったこと

まだまだ一回でうまくいかないことだらけだろうし、痛い思いをしなきゃいけないんだろうけど、もうそれでしょうがないかと


アメリカでお世話になったみなさま、ありがとうございました!


特にRinさん!ホメオパシーに出会わせてもらったけど、まさかsoul sisterだったとは!笑

Rinさんにかけてもらった言葉、大事に胸にしまってあります

RinさんはLAでホメオパシーのコンサルテーションをされてます!面倒見の良さピカイチ!

Rinさんについては

Art→rincolabucciart.com

Homeopathy→uarefine.com

Check it out!!


次にYukoさん!こんな言い方したらあれかもだけど、夢に見たような肝っ魂かぁちゃんに心配してもらって、お世話してもらったこと

それこそ夢に見てたことだったのかも


2人ともたまたまアメリカで生き抜く日本人女性だったのかもしれないけど、こんなにいいかんじにぶっ飛んだcoolな日本人シスターの存在は、完全にわたしの希望です


そしてあにき分、ひろきさん!

ひろきさんがいなかったらLAこれなかったよ!そこからつながって出会えた人たちも最高だったなー


あぁ、なんてすばらしい時間だったんだろう!


Financial supportをしてくれたmy familyにも感謝感謝です


改めて浮き彫りになった自分の課題が山もりでも

全然落ち込まずにいられるのは、全身で陽性パワーを浴びてきておかげかな

それともこれがまだまだ始まりであることの確信かな




I wish all we are filled with truth, faith and plenty of love!


いくぜ!



2017/08/10

試験期間における愛の考察

ご無沙汰しております!


(おそらく)インド大学生活最後の進級試験が終わりました

何か起こらずしては終われないインドの試験

それは例えるなら高校球児にとっての甲子園であり、駅伝選手にとっての箱根であり、飲食店にとってのお盆休みなのですなんかちがったらスミマセン

つまりフル戦闘モードなわけです


人間が本気を出している時にこそ、数々のドラマが生まれる傾向なわけで

これまでのわたしだったらそれをおもしろおかしく、なんなら小バカにした調子で書き上げていたと思うのですが

今回はそういう気分ではなく


というのも、同じ寮で暮らす先輩後輩のサポートがほんとにすごかった

この寮はインターナショナルホステルなる名前がついておりますが、基本はスリランカホステルです

寮在住者の9割近くがスリランカ人なので、食堂で出てくるごはんもスリランカよりです

インドにいるのにシンハラ語をやたら耳にする稀有な場所でもあります

彼らはスリランカ政府から奨学金をもらって派遣された選ばれしものたちであり

日本の小学校低学年レベルで家族に保護されベッタリしていた環境の中から、突然異国の地インドへやってきたわけで

助け合わざるをえない

先にインドに来ていた先輩をお兄さんお姉さんと呼び、お兄さんお姉さんと呼ばれる人たちは後輩のことを妹、弟と呼ぶ

まさにこの寮は1つの大きな家族状態


そこになぜか紛れ込む日本人1


これまでは加わっているというより、ただ存在しているというか、まぁなんかいるよね的存在で、なるべく交わらずクールに過ごしていたのですが

今回の試験、また例の先生のなぞのエゴイズムアピール行動により、わたしは彼の科目の試験を受けられない疑惑が浮上


この試験なにが大事かというと残りのインドステイの期間がかかっているということでした

全科目パスすれば、11月くらいから1年のインターンをやってついに念願の帰国

1科目でも落とせば追試になって、最低6ヶ月はステイ延長

天国で過ごす6ヶ月となるか、はたまた地獄で過ごす6ヶ月となるか

ということでなにがなんでも一発合格したかったのに

試験を受ける前から追試になる宣告

すっかりやる気を失っていました


ところからのやっぱり全科目受けれるかもニュース

時はすでに試験2週間前をきっている


その状態からの盛り返しはほんとうにチームスリランカのおかげでした

(実際盛り返せてるかは結果をみないとだけど)

各科目得意な先輩がいて、それぞれがその科目を教えてくれる

日本だったら絶対お金を請求されるレベルの時間とエネルギーを費やして

夜中自分の睡眠時間を削ってまでも教えてくれる先輩たち

またそのクオリティの高さ

後輩は朝の寝起きに夕方の寝起きに、雨が降れば眠くなるからと13度もチャイを作ってくれたり、試験期間は食堂よりはるかにクオリティの高い朝食を学年交代で作ってくれて

ルームメイトは試験当日に着るクルタに毎朝アイロンをかけてくれたり、食堂に代わりにお昼ごはんを取りに行ってくれたり

口頭試験に含まれるcase taking中には、後輩が代わりにレパートリーシートを埋めてくれたり、先輩はケースを読み上げてくれたり

口頭試験の会場には必ず先輩も後輩も顔を出してくれて、お腹が空いてないか必要なものがないか確認してくれて


インドにいて初めて、"人の中で生かされている"ということを全身で感じた思いがけぬ貴重な時間を過ごさせてもらいました



インドと日本の対比で、日本は人様に迷惑をかけないようにと育てられるけど、インドは迷惑をかけるのが当たり前なんだから、人を許しなさいというように育てるという話をきいたことがある

実際にインドでお母さんが子どもにそんなことを言っているのは今のところ聞いたことがないけど、もし言っていたとしても言葉の壁でわかってないけど

たしかにインド&スリランカの人たちの迷惑のかけっぷりはハンパない


先にも書いた口頭試験中、科目によっては入院病棟でケースをとるわけです

それは事前にだれもが知っていることなわけです

そのケースをとる紙に普通は定規で線をひいたり、図を書くのに鉛筆を使ったり、間違えたら修正液を使うのは明白なわけです

なのに、どれも持ってこない

日本人的感覚からすれば、譲ってまぁまだ1年目なら分かる

今回わたしたちは4年目なわけです

さらにこのcase takingはわりと時間との戦いで、とにかく素早く正確に終わらせて、これから始まる口頭試験に備えて最後の詰め込みをしたい

それもみんなの共通認識のはずなのに、持ってこない

さらに日本人的感覚からすれば、持ってこなかった自分を恥じて、恐る恐る「貸してもらってもいい?」

でもインドではなにも言わずに右から左から手が伸びてきて、わたしも自分の手を伸ばして取り戻さないと返ってこない


また、それまであそんでて試験前に突然勉強ができてないとオロオロする人がいても、まぁ日本なら自業自得でしょだけれども

ここだとそこからみんなでなんとかしてくれようとする

一応あそんでたことへの小言は入りますが


さらに同級生の子は試験の時の提出物を代わりに先輩に後輩に書いてもらって、試験当日までになんとか間に合わせる



準備のよい人がいて、そうでない人がいる

得意な人がいて、そうでない人がいる

できる人がいて、そうでない人がいる

前者は後者を助ける

理由は、それが自分にできるから

後になんの見返りを求めるわけでもなく

とにかくそれぞれがよい方向に向かって、その時やれることやる



日本にもインドにもきっと同じくらい愛もやさしさもあたたかさもあると思うのです

ただその表現の仕方が今は全然違う

インドでは、お母さんや奥さん、ついでにいえば彼女も、まず愛する誰かのお腹が満たされいるのかを気にする

満たされていなければ、なにかをどうにか作ってなんとしてでも満たす

この国でどれほど「食事はすんだの?」と女の人たちに聞かれたことか

インドでお招きされて満腹で帰らないことはまずない

どんなに貧しいおうちでも、ごはんと豆だけのカレーだけど、これでもかというくらい食べさせてくれたことがありました


日本でもお母さんたちは、子どものことを愛し、いろんなことを気にかけています

添加物が含まれているのか

オーガニックかどうか

放射能はどうか

陰陽のバランスはどうか

本当によくここまでがんばれるなというくらい、勉強している立派なお母さん方

大人になったとき、子どもたちはお母さんの努力に頭が下がるはず

でもちょっと言いづらいけど、TBHわたしの経験からしても、子どものときは"それイコール愛されてるんだ感"につながりづらいのではないかという気がしています


日本では特に母娘の関係に悩む人がたくさんいるようで、わたしがホメオパシー健康相談を通して娘さんの話もお母さんの話もそれぞれ個別に聞く機会があったりします

娘さんは「うちの母は、母親らしくない母親であまり自分は愛されてこなかった」と

お母さんの話を聞くとお母さんは当時ほかのいろんな事情で、たしかに直接愛を表現できなかったかもしれないけど、できる限りベストの選択を娘のためにしたんだと


お母さんが娘の時代と娘が娘の時代と、大きく社会構造や価値観が変化していることもあるのかもしれません


日本にいる間、ついインドのノリで困ってそうな人がいると気安く声をかけてしまうのですが

大体いただく返事の第一声は「あ、大丈夫です」

インド化してしまってるわたしは(言い訳)それが日本の謙虚で慎ましやか文化であることを理解できずに、ならいっか!と返事を丸のみにして立ち去ってしまっていたのですが


愛はある、やさしさも思いやりもあるのに

表現する人と受け取る人がお互いに不器用なのか

お互い違うルールの上でそれを実践してしまっているのか

そしてお互いにそれを気付けないのか


コミニケーションのルールは、相互的であることだと聞いたことがあります(今日ちょうど習ったnew word 'reciprocal'

伝えたいことが伝わってはじめてコミニケーションといえる

まぁ100%正確には難しいこともあるでしょうが


それこそわたしだって今までインドやスリランカ式の愛情表現で育ってきてないので、突然手でクチョクチョされたカレーを口元に運ばれても、毎日3度母親から電話がかかってきても、正直ではありますが

同時にやっぱりおいしく丁寧に作られたカレーに、完璧なタイミングで出てくるチャイに愛を感じぜずにはいられない


胃で感じる愛

皮膚で感じる愛

たしかにprimitiveかもしれないけど、必要な時がある

満たされるものがある

絶対に


特にそこで苦しんでいる人たちがいるとすれば、確かに海外から賞賛される日本の美しい慎ましやか文化とは違うかもしれないけれど、そんなことを言ってる場合じゃないのではないかと


試験期間中、最高に情緒不安定になる中、自分の親子関係も含めて、なんだかそんなことを考えました



以上、試験期間における愛の考察をおわりますが

あ、それと愛の表現はタイミングがすごい大事だと思いましたがこれはまた今度


とにかくスリランカのみなさん、バーモストゥーティ!

ここにきてこんなことを体験できたこと、恵まれているなぁとじわじわ思っています


また試験期間が終われば、これまで通りの自分の目覚ましでは決して起きないルームメイトに、物を貸しては返さない先輩方にそんなこともろもろのチームスリランカは相変わらずですが


そんな中で生きる自分の気持ちの持ち用が少し変わったように思います


できることのバトンをつないで


Pay it forward 


もう一度、バーモストゥーティ!


後輩の淹れてくれた深夜のスリランカチャイ



(次回は、たぶん山の日デラックス試験期間における自分の考察でお送りいたします)

(いつか川の日もできるんですか?)


2017/05/21

なんでインドか

ホメオパシーを学ぶのになんでインドなのか
人に問われる以上に、自分で自分に問いた回数のほうが多いかもしれない

発祥の地ドイツではなく
王妃もホメオパシーを愛するイギリスではなく
ジョージヴィソルカスの学校があるギリシャでもなく

インド

外国で暮らしてみたいとぽわんと夢見たこともあったけど、それはどちらかというとアメリカのpartyなイメージで

インドに恋い焦がれたことは、覚えている限り今生では一度もない

この四年半の間、わたしに課題を与えてくれたのは、ホメオパシーよりもはるかにインドだっただろう

知らんぷりを決め込みたいところだが、わたしはなんでインドなのか知っている

男性が全くタイプではない
クラブで流れる曲が全くタイプでない
同級生たちがはしゃぐあそびが全くタイプでない

つまり、わたしがインドでやることは
勉強か自分に向き合うか

精神的にはしっかり、経済的にはそこそこ安定した家庭でのびのび育って
失敗も挫折もそれなりにはあったけど、それは全部自分のやりたいことの延長にあったことで

「ここらでこいつ頑張らせとくか」
神さまの粋なはからい
ほんとにわたしのことよくご存知で

これが最初の問いを投げたときに、わたしがたどり着く見解

そんなインドももう残り1.5年
夏はあと1回

インドにシミを作りにきたわけではなく
ましてや思い出を作りにきたわけでもなく

じゃあなにをしにきたのか

インドにきてから、自分に問いかけてばっかりです

なにかが実りますように



息をするのがやっとなわたしのコルカタの夏だけど、それだけ色が濃い

さぁ、帰ろう
ホームスィートホーム!

2017/05/05

憎まれっ子、インドに憚る

(インド基準では)痩せてていいね!とインドの友だちに言われ、わたしの健康維持方法をとくとくと披露している中で
熱いお風呂にも入ってるよ!と言ったら、ここは自然のサウナだからわざわざ入らなくても大丈夫だよと
たしかに、部屋でハタヨガをやれば、それはすなわちホットヨガになるここインド、コルカタは夏真っ盛りです

わたしの夏の星めぐりが悪いのか、過酷な夏だからなんでもヘヴィーに感じてしまうのか
インドでの夏は、なんらかの試練がやってきます
一番最初の夏は大部屋にぶち込まれたとこからインドスイーツ爆食いで激太り事件
その反省から試験が終わるとその日のうちに高飛びしてた2年目、3年目
ここコルカタの試験システムはインドらしく、全学年がいっせいに試験を受けるのではなくまず1年生、それが終わってから2年生。。。と順繰りにやってくるので、自ずと毎年試験の時期が少しずつズレて、いよいよ夏を避けられなくなった去年
いつ終わるとも分からない学生たちのストで試験を受けられる受けられない騒動からの村八分
学年91人のうちたった7人で臨んだ試験は、今となっては良き思い出です
あの時も辛かったなぁ。。。

天候的条件に加えて夏が辛いもう一つの理由は、これまたインドらしいというか、長期休みの設定にワケがあって
夏休みが5月中旬から約1ヶ月+試験休み=約2ヶ月
↓約2ー3ヶ月後
puja vacationが10月中旬から約1ヶ月
↓約6ー8ヶ月後(試験は夏休みは全く考慮されずに行われるので長さがいろいろ)
翌年の夏休み

というすさまじくアンバランスな長期休みの配置で、puja vacationから次に帰国できる時までの時間の長いこと!

さてそんな今年の夏はどんな試練がやってきたのかというと、インドいじられ祭です!
わたしが通う大学はインド唯一の政府立ホメオパシーの大学で、日本だと想像できなさそうですが完全にホメオパシー版「白い巨塔」です
ちなみに、これまた日本からすると考えられなさそうですが、インドのホメオパシーは完全に男社会なのです

わたしの師匠は、そんな大学の中で、一番行列のできる外来医で、その謙虚さとマテリアメディカの知識から学生たちにも愛され。。。結果、ほかの先生たちからの嫉妬の的となり。。。詳細はよくわからないけど、自分でその地位を退き、個人診療所で身を立てる決断をしたのでした
インドで公務員はやはり福利厚生に恵まれた安定の職業である中、さらに支える家庭もあっての中で、大きな決断だったと思います
で、話を現在に戻すと、嫉妬に燃えた先生方がめでたく今も大学に残っておりますので、この師匠を師匠と仰いでいるわたしがどうなるかというと。。。(過去にスパイを送り込んできてどの学生が師匠の診療所に通ってきているのか確認され済み)
光栄にも授業で最低2回はあてられる(1回もあてられない生徒もたくさんいる中)
case takingをする授業でわたしが提案するレメディは全否定される
なんなら今までの勉強の仕方を全否定される
さらにはインドにきてからの時間の過ごし方を全否定される
そしてこの方々の脅し文句は、「きみの行動は次の試験の結果に影響しますからね」

先生方の感情に試験結果が左右されるというのは、実際うちの大学で珍しいことではないようで
学生たちのごますりのプロさ!
それに比べてわたしのごまのすれなさ!

これは今に始まったことではなく、思い返せば小学校の時も先生と折が合わないことがあって
学校でいっさい笑わずに過ごした1年とか
学校とか権力とかどうも苦手!

しかしここインドではわたしのブスっと攻撃は、どうも違う解釈をされるようで
笑わない=真剣
「まい、静か過ぎる!もっと話しなさい。もっと笑うようになれば早く上達するようになる」
と言われたのは放課後のヨガ教室で
たしかにほかのおばちゃんたちのしゃべること、しゃべること(ヨガやりながら)
わたしからすると、いやヨガしに来たんだよね?だけど
これが真剣過ぎると言われる由縁なのでしょうかw

そう、いじられ祭といったのは、いじられのはこの大学の中だけではなく、ヨガ教室でも、加えて寮の部屋でも
(ルームメイトも面倒見がいいってことは。。。なのでした)
正確にはいじられるというよりは、ご指導ご鞭撻をいただくというやつです
大学でのからみは、「られる」というよりは「め」に置き換えたほうが適切なんではないかと何度も思いましたがw

これもインド(&周辺国)と日本の違いの一つなのかもと前向きな解釈を
わりと信じてもらってやりたいようにやらせてもらう環境でこれまで育ってきて
たぶん勉強しなさいと親に言われたことは一度もなかったような(お風呂掃除してとかはあったけど)
そっとしてもらう、失敗してもいいからのびのびやらせてもらうことに愛を感じる日本人、というかわたし
一方ここインドでは、お母さんたちが1日少なくとも4回とか寮に住んでる子どもに電話してくるような感じで
子どもも電話がないと、ほっとかれていると感じて落ち込んだり怒ったりするそうで
そんなことされたらわたしはもう母さんの番号ブロックしちゃうよって感じなのですが
干渉される=気にかけられている=愛されている
というインドの方程式
頭で理解できても、心がついてかなーい
せめて学校だけならまだしも、放課後も、さらに部屋に戻ってまでも。。。
かといってブスっと攻撃が真面目解釈されるお得感満載で虚しさいっぱいのインド!
どうするわたし

な精神状態で気温38度湿度80%以上
グチりの綱の マイシスターも忙しそうだぜ!
ブログに書きたくても、母ちゃん心配しそうだぜ!

(インドブログは状況説明から入らなければいけないので、いつも大変な分量になってしまい恐縮です)

いつも通り、悩み抜きました!

1.嫉妬に燃える先生たちとの向き合い方
分析した結果、敬意をかいまも見せない自分の態度が、余計先生たちに火をつけていることを理解しました
かといって尊敬できないものは尊敬できない
ごまなんかすれない
でも先生たちの指摘が全部的外れかというと、たしかに授業中の質問に答えられないのは明らかに自分の勉強不足によるもので
だから、これは先生たちと向き合っているというよりも、自分のエゴとの戦いなんだなと
笑えない自分
自分の非を認められない自分
先生たちの神性を認めない自分。。。

師匠のもとに通うのを控え、基本の勉強をまずしっかりすることにしました
先生たちの神性に敬意を払うことに決めました

そしたらいとも簡単に先生たちの態度が一変
わかりやす過ぎるよ、インド 人!

2.結果に対する心構え
指摘を受けると、わたしの性格はまず怒りの感情が湧き上がってくるのですが
マイシスターは、「ああそうでしたか」って感じで、まず滅多に怒りません

指摘の件に限らず、とにかくインドでこれまで一番向き合ってきた感情が怒りで
なぜなら、ちっとも「わたしの」期待通りに事が進まないから!
今になって思い返せば、いちいち日本の当たり前をこのインドにあてはめてしまっていたのだと、それはうまくいかないよと
だから最近は、うまくいっても「ああそうなの」うまくいかなくても「ああそうなの」の精神で

クリシュナも「何事もヨガの境地で行い、結果に対する執着を捨て、成功も失敗も平等に観よ。いかなる環境にあっても心を平静に保つことがヨガである。」とおっしゃっています

たしかに師匠も、フォローアップできた患者さんが「すっかり良くなりました!」といっても「ひどくなってるんだけど、どうしてくれるの」(ホメオパシー的悪化としてあり得る反応)といっても、「ああそうなの」な顔をして話を聞いています
わたしはかなりわかりやすく患者さんたちの経過に一喜一憂している今現在
これじゃあ1日100人みるホメオパシーの医師にはなれないなと

良くなるように自分のベストは尽くす!その後の結果は任せる!
これがわたしにとってインド生活をなるべく怒らずに過ごす極意かもとようやく

怒られても「ああそうでしたか」けなされても「ああそうでしたか」褒められも「ああそうでしたか」


そんなこんなで持ち直し、というかなによりも帰国の時が日に日に近づいているのが一番のレメディのような気もしますが
なんとかやってます!
いろんな人のいろんな表現の愛に支えられてるんだな!

順調にいけば、インドで過ごす夏ももうあと一回だけ
当初は恐ろしく長く感じられた6年ももうだいぶ終わり寄り
インドにホメオパシーを勉強しにきたつもりが、人格矯正プログラムがメインだったなんて
どこまでも恵まれております


あーおいしいざる蕎麦が食べたいな!

2017/03/12

苦しむこと

インドにきてから、ほぼ苦しみについてしか語っていないような気がするけど
今日は肉体の苦しみについてを

試験勉強からのlaptopで翻訳作業の流れ、加えてホメオパシーの分厚い本を抱えての長時間バスや飛行機での移動のためか
腰痛から首痛
インドでの雑なX線撮影で、見事に「頸椎症」とのお名前を頂戴し
追試の前に泣き崩れたのは、わたしの記憶に新しいところ笑

しかし、なぜか師匠はこの首の痛みをちっともまともに取り合ってくれない!笑
(意地悪ではなくて、もう一つ診断名がついてることの治療中のため、のはず)

世界中の頸椎症の人とわかりあえるくらい痛いのにー

そこから三十路直前の肉体的自己改革が始まりました笑

インドでの生活は明らかに運動不足で、それまでインドなのに俄然エクササイズ系のハタヨガ(逆輸入系)に、ちょいちょい通っていた頃は肩こり知らずだった身体
まずは定期的に運動をすることから

インドの友人たちのセルフィーへの情熱は、基本自分のベストショットを携帯の待ち受けにするレベルなので
なんてことない授業中もセルフィーのタイミングだったりして
そこに映る自分の姿に違和感
隣に映るインド美人と比べてどうにもならない顔の大きさはさておき、なんか姿勢が悪いかも
俗に言う巻き肩とかいうやつにカテゴライズされるやつで
姿勢改善も

さらにこの疲れやすさ
スリランカでシーフードを食べまくってるときはハイパーに過ごせたので
わたしのベジで牛乳苦手なインドでの食生活は、もしかしてタンパク質不足なのかも
プロテイン風なものも追加

ああでもないこうでもない、いろいろ試して数ヶ月
気付けば、首の痛みがほぼ良くなっている!

もし
なんかのレメディのおかげでスルスルとこの痛みが改善していたら、わたしはきっと自分を不健康にしている要因に注意を払わないままだっただろう

基本的に具合の悪いときは寝て治す家に育ったので
なにかある度に、なにか飲まなきゃ!なにかしなきゃ!
という感覚はあまりないのだけど

やっぱり痛かったり苦しかったら、どうにかしたくなるのも今回すごくよく分かりました
特に状況的に休んでいられないときなんか

いろんな自分なりの試行錯誤の果てに、
苦しむというとは、「苦しみを生むなにか」が自分にあるからなんだと

それがわたしの頸椎症の場合は、上に書いたようなことで
人によってはそれが食事であったり、生活リズムであったり、トラウマだったり、遺伝的なことだったり、精神的なことだったり
同じ頸椎症という診断名でも、「苦しみを生むなにか」は人それぞれなのでしょう

師匠もガンのホメオパシー治療のときによくこう言います
「ガンを発症する原因は、一概に語ることはできない
それは単純なものではく、複合的なもので
人によって違う
同時にそこがガン治療におけるホメオパシーの可能性なのだ」

ホメオパシーは、同じ病名でも一人一人を個別化をして治療します
一人一人のその複合的な原因を、明らかにして見極めてレメディを選んでいくのです

よく「なになに(病名)のレメディはありますか?」と聞かれるけど、答えはyesでno
というのもホメオパシーは”病気”を治すのではなくて、病気を患っている”人”の治療をするからです

さらにホメオパシーは、この遺伝的な部分(ホメオパシー的にマヤズムと呼ぶもの)へのアプローチができるところも、すごい強みだと思ってます
(ただ遺伝的な部分に対する治療は、やはり相当時間がかかります)


ホメオパシーから話を戻して

苦しみ万歳!的なマゾヒズムを唱えたいわけでも、苦しみありがとう!的なエモーショナルな感じでもなく
今回師匠の見事なスルーによって、教えてもらったことは

苦しんでいるということは、自分に直さなければいけないなにかがあるということ
周りにではなくて、自分に
同じ環境でも苦しむ人と苦しまない人がいるということは、やっぱり自分になにかがあるんだということ
そのなにかが改善されるまで、苦しみは続く
苦しみは「なにかが変だよー」というサインなんだということ

これは決して肉体だけの話ではなくて、わたしの得意分野精神的苦しみについてもきっとそうで
わたしはインドにほんとに自分を改善しにきたんだなぁと何度も何度も思う
ただ精神的なことは、肉体以上に変化に時間がかかるようで
今もまだいまいち進化を感じられないのですが
きっと苦しみが苦しみじゃなくなったときに、わたしはインドを出発できるのだと、時に前向きに思ってます

たとえば、以前も書いたルームメイトのこと
前のルームメイトは今回の部屋替えで一人部屋をget(彼女は最高学年なので)
実はわたしも一人部屋をgetできるかもという噂が流れ、大いに期待しちゃってたのに
やはりまだ苦しみ足りなかったのか、神さまからの許可がおりず
初めての後輩ルームメイトを迎えました
後輩としてめっちゃ気を遣ってくれるからなのか、いまだかつてない快適感!
一人よりいいかもと思うくらいの過ごしやすさで、これをcompatibleというらしい(というかなんでもしてくれるw)
なんか、これまでの苦しみが報われるときがくるんだと
大袈裟すぎるかもしれないけど、わたしはふいに確信しました

いつかきっとインドでのこの日々が、報われるときがくる
いつかわからないけど、いつか必ず
どんな小さな苦しみも、すべて

3.11からこの6年、「忘れないように」と思って生きてきていたけど
今年は、忘れないなぁと
わたしが今歩く道は、そこから伸びているから

早くに亡くなった友達たちも
忘れないようにと体に刻もうとしたこともあったけど、忘れようがないのだと
その子たちとの時間があって、今のわたしがいるのだから

この6年間
忘れないということは、苦しみ続けることだと思っていたような気がします
でも、なんかそうではないのだと
わたしにとっては
そこから伸びる道を、しっかり生きること
今のわたしをしっかり生きること

祈るように生きる時間が少しでも増えていきますように

ホメオパスという、人の苦しみと向き合う職を選んだこと

それは確かにこのインド修行が必要なはずで
そしてそれは確かに苦しみネタが絶えないわけで

今のわたしにとっては、苦しむことは生きることそのものでもあるのかもしれない
全然前向きに聞こえないけど、前向きな意味で笑


2017/02/22

愛する技術

ホメオパシーの本とヒンドゥー教の本と英語の授業で課されて読んだ本以外でおそらく初めて読んだ英語の本
The Art of Loving - Erich Fromm

心理学者の書いた本だそうで、ほぼ数行おきに辞書を引いて読みました
日本語訳本も出てる

そのうちのThe practice of loveがかなりぐさっときたので、書き留めておきます

筆者は初めに、愛することはart(技や技術)であると述べて、どんな技を習得するにも以下のことが必要だと
それはもちろん愛することも例外ではないんだよと書いています

愛を実践するために必要なこと

それは
Discipline(自制心)
Concentration(集中力)-sensitive to oneself(自分自身に注意深くあること)
Patience(忍耐力)
Rational faith(理性に基づいた信念)(Rational faithとはproductiveなものだと)

これってまさにホメオパシーを学ぶことにも必要なものだなぁと

今までわりと視野せまく、ホメオパシーだからホメオパシーだけ!グルジだけ!bfだけ!と過ごしてきたけど、それで行き詰まったとき、立ち位置を変えてみることも大事だなぁと
ちがうものを通して、物事の本質について考える
だから良い本を読むことはたのしいし、いろんな経験をしている人と話すのもたのしい

自信に満ち溢れた友だちに「愛することって簡単じゃないよね」というと
「簡単だよ、自分のこと愛してる?」
「almost」
「じゃあ難しいかもね」

そこで自分を愛するということについても考えていたのですが、
これまで結構自分に対する愛がcondtional loveだったんじゃないかと
あれができないとヤダとかダメとか自分に課していて
だから負けず嫌いだし、うまくいかないと不機嫌になり笑 なのかもなぁと
でももしかして愛そうとしている自分が、これまではマーヤにかられた不完全な自分であったからで
魂である自分を愛せば、unconditional loveになるのかもしれないと
そしてそれは自分だけでなく、まわりの人たちについてもで
それがrational faithをもつことなのかもしれない


鬱滞しがちなインドの日々
かたくなってしまいがちな心もなにかのせいにするのではなくて、
やわらかく保つ方法を学びたい

もう大丈夫、と思えるまできっとインドでの修行はおわらないのでしょう

なぞの中だるみ期間
乗り越えたいよー

2017/01/26

スリランカ人のルームメイトとの付き合い方

追試が終わって(無事にかはまだ不明)スリランカへ行って参りました!
わたしにとっては、ドストライク!
豊かな環境、親切すぎる人たち
あーさいこうだったな


このスリランカの旅の目的の一つは、ルームメイトだった先輩に会いに行くこと
彼女はわたしがインドに来てから初めてちゃんとルームシェアをした人で
既に1年前にコースを終え、母国スリランカに帰国
彼女は、慎み深く穏やかで、さらにはとても面倒見のいい人で
わたしのインド一発目の一年生の進級試験は、大げさではなく彼女のおかげで合格することができました (ほんとに右も左もわからなかった)

そんな彼女がスリランカでどんな風にホメオパシーのプラクティスをしているのか
自分の未来を描く参考にも、この目でみてみたかったのです
仏教寺院の中にある診療所

先輩

こんなかんじ

先輩の実家のプライベートクリニック

もしスリランカでホメオパシーを!という方がいらっしゃったらぜひお問合せください♡先輩をご紹介します!


スリランカも政府がホメオパシーを公認しているので、毎年スリランカ政府が学生を5〜9名程わたしの通う大学に送ってきています
とはいえ、それが始まったのが9年くらい前からなのかな?
既に何名か卒業生が帰国して臨床しています
その前からホメオパシーを使っているドクターもいたようで(アーユルヴェーダと併用とか)、お父さんがホメオパスだっていう子も何人か
でもホメオパシーの認知度はやはりまだまだだそう



今回の旅の最初から最後まで、前のルームメイトと前の前のルームメイトと今のルームメイトにお世話になりきって
移動手段はあれがいいよとか、わたしの代わりにひたすらスリランカでのスケジュール調整をしてくれた今のルームメイト
朝5時着という迷惑極まりないタイミングの飛行機で着くわたしを、車をレンタルしてしかも弟が運転して(片道3時間)迎えにきてくれた前の前のルームメイトの先輩

前のルームメイトは、本人がいないのに弟と両親がこれまた車をレンタルしてわたしたちを観光に連れていってくれたり(さらにはおばさんといとこたちも参加)

ルームメイトではない先輩は、これまた本人がいないのに、お父さんがバイクで迎えにきてくれてお母さんが朝ごはんをご馳走してくれて、昼ごはんはお弁当に持たせてくれたり

いろんな家族とトータル8回も異なる仏教寺院を訪れて。。。



これまでのインドでの4年間、わたしにとってはまさに「戦い」だったのが
スリランカでの至れり尽くせりの真心、思いやりにお腹も心もほんとに満たされて

今までどれほど自分が乾いていたのかを深く実感することになりました

騙すか騙されるか、なんなら生きるか死ぬか
くらいの気合で生きてたインドの日々
それは対インド人だったり、対インドの文化や習慣だったり、対自分の未熟さだったり
そんな日々の中で
「人を思いやる」っていうことをすっかり失っていたようで
「人にやさしく」なんて唄を聞きたくなることもなくなるくらい
いいホメオパスになりたいと思ってきたのに、全くそれは相反する姿勢のようで

ということを思い返させてくれるのは、仏教の教えを実践するスリランカの人々ならではだったのかもしれない (プラス一緒にブッタガヤを旅した心のきれいな日本の友人の言葉もあって)

完全にわたし論ですが
人生にはきっと戦わないといけない時もある(ヒンドゥーの神話にある殺し合いとかっていう描写は、文字通り物質として肉体としての殺し合いではなく、精神や霊性の話の例えらしい)
でもやさしくなれるだけ、やさしくなりたい
単に表現の違いなのかもしれないけど
このへんはもう少し本を読んだり勉強をして、これから考えていきたいところ

スリランカでひたすら日本の仏教について聞かれるけど全然答えられず
すっかりヒンドゥー傾倒気味でしたが、原始仏教の勉強もしてみたいと思ったそんな旅でした
(なんとたまたまお正月にいったブッタガヤにダライ・ラマ法王がきていたこともあり)


そう、もともとはルームメイトの話!
わたしはわりと長時間ずっと同じ人といるのが苦手で、これまでどこかでイライラしてしまったり疲れたりしてしまっていたので
結婚なんかできないんじゃないかくらいに思ってて
従って、このルームメイト制度はわたし史上ひとつの課題でありました

来た当初は正直「わからない」の一言に尽きたと思う
どうやって話したらいいかわかんない
どうやって付き合ったらいいかわかんない
どうやってルームシェアしたらいいかわかんない
ただでさえ日中も街中も人々がほっておいてくれないのに、部屋に戻ってきてもプライベートゾーン一切なしの生活は苦しくて(文字通り仕切りなしにベッドを横に並べるルームシェア)
今まで家族に当たり散らかしてきた分を、多々ルームメイトにぶつけてきてしまったかもしれません(寝起きも悪いし)

それでもこんなに温かくインドから送り出してくれて、スリランカで迎え入れてくれた旧&現ルームメイトたち

自分のここまでのインド4年間を振り返って
100%快適だとは言えないけど、それでもルームメイトと心地よく過ごせている今(彼女がここにいるスリランカ人きってのきれい好きさんってのもあるかもだけど)
少しはルームメイトとの付き合い方がわかってきたのかもしれないと(まだ彼氏にフラれて号泣するルームメイトにオロオロしてるけど)
苦手を少し克服しつつあるのかもしれないと(まだできたら一人部屋がいいけど)
そんな感慨にもふけりました

家族との付き合い方も
BFとの付き合い方も
師匠との付き合い方も
患者さんたちとの付き合い方も
ホメオパシーとの付き合い方も
習うより慣れよで体当たりしてきて、今も現在進行形で
それを戦いと名付けて、傷つけ傷つき疲弊したり
でも大きく後ろを振り返れば、少しは良くなっている今がある

これほどのチャンスをもらえて、ありがたいな

さぁインドも(おそらく)残り2年です

まだまだいきます!