2015/03/01

魂のクオリティ

なんだか怒りというか衝動に任せて前回のblogを書いてしまったけど
ちょっと反省

やっぱりやさしさは、どこからきてもやさしさだなぁと

まっさらに生まれてきたはずなのに
地球に暮らしている間にわたしはいろんなことに対してフィルターをもってしまったような

インド人がアニマル的というフィルター
日本人が頭でっかちというフィルター

目にも耳にも鼻にも舌にも皮膚にも脳みそにもフィルターがかかっているような

身につけたものを、いっこいっこはぎとっていく

はぎとるそばからまた身につけてるのかな
せつな!笑


わたしの情は周りに影響を受けやすいんだなと最近気付いた
怒られるとその人の怒りが伝染して、わたしも怒り出す
周りで笑っている人がいると、意味わかんなくても笑っちゃったり
(頭がメインに活動モードのときは、意地でも笑わなかったりするけど)

でもそれってホメオパシー医としてどうなんだろう
(まず人としてという疑問はさておき)

患者さんが泣きながら症状を訴えたら、いっしょに泣くのか
質問に対して怒り狂う患者さんに、わたしも怒り出すのか
病んでいる患者さんと、いっしょに病んでいくのかい?

そういう生き方もあるかもしれない
でもそれじゃホメオパシー医として身がもたないんじゃないか
ていうかそんなんじゃ最適な薬が選べないんじゃないか
それじゃ治療にならんやないかーい

インドではインドの人に言いたいことを言って、やりたければいっしょにやって、やりたくなければ無視してやらない
 
それが日本にくると、日本の「空気読めよムード」に完全にのまれる
って今まで言い訳してた

インドにいる日本人にもやっぱり遠慮して伝えたいのに伝えられなかったり、緊張しちゃう自分がいた
相手の緊張の高さがうつるからだって信じてた

そうかもしれない
そうじゃないかもしれない
いずれにせよ、そうあり続ける必要は全然ないなぁって

わたしの弱さ発見!
きらーん

よきものには影響されよう
悪しきものからは、自分を離そう

自分をなりたい自分に保つ
あるべき自分に保つ

これ、これからのテーマ!

自分を出すというより
魂のクオリティを発揮しよう

インドでバイクに乗っていると、後ろから抜かれる車やバイクに闘争心むき出しになりそうになったり
あおられたり無駄にクラクション鳴らされたりすると中指立てたくなったり(舌打ちはしてる)
おもに怒りの感情が刺激されることがたびたび
一瞬怒りにのっとられる
でも、まてよと
「安全運転。ここで競ってもなんの意味もないよー」
と気持ちを切り替える
運転はリアルに命の危機を感じるから、必死さが感情に打ち勝つんだろうな

これを日常生活に応用だ!


表面的なインスタントな同情じゃなくて
深いところで慈しみたい

外に気持ちを向けるのはわりと簡単
外は刺激的だもん
だれかや、なにかのせいにするのも簡単
自分は傷つかないもん

でもしっかり自分をみつめて、自分と向き合って
へばりついた偏見というフィルターはぎとっていきたいな
無知という固い殻を壊していきたいな
悪い癖という蛆虫をつまみ出していきたいな

君子一日にしてならず

まだまだ当分時間がかかると思いますが、これからもどうぞよろしくやーまんです!

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