2015/03/30

Time for change

いつもそういってるような気がするけど
Time for change
なう

ストのおかけで、
自分の弱さに気付いたり
新しくできた体験
はっきりと理解したこと
いいこともあったよう

今までなにしてたんだろう?もっと早く始めればよかった!etc.て思うけど、今までいっぱい間違い、彷徨ったおかげで今ここにいるということなはず

今から
これから

ドクターをみていて思う
ホメオパシーの知識が豊富なだけじゃ一流のドクターにはなれない
アロパシー的な医学の知識(特に病理)も必要
ドクター自身の健康、ドクターとしての心構え、ふるまい方
そしてなりより人間性

それは、ドクターとしてというより人として
どうやって生きるか
どう生きるのか

いつもインドで大変だ、苦しいっていってるけど
ちょっと前に苦しかったことは、今になったら一つの思い出や過去の経験もしくはインドネタになっていて
今のわたしを苦しめてはいないよう

きっといつかインドにきてよかったと思うんだろう
あんなに苦しんでよかったって思うんだろう

ホメオパシーに、ドクターに、インドに、支えてくれる家族と友だちに
ありがとう

言葉じゃなくて生き方でありがとうが届けられますように
そういう気持ちを忘れずに死ぬまで生きていけますように

久しぶりにそんな風に思えた夜

人生を生きてゆく

2015/03/28

言い訳やめます宣言

いつものように道をスクーティで駆け抜けていたら
(インドではクルタもクルティっていうし、◯◯ティって◯◯ちゃん的ななにかなのか?インディアンに要確認)
だいぶ高いとこから何か白い塊が落ちてきて、それに犬が飛びついた!
4階くらいのベランダから道にいる犬に向かって食べ物をどかんと投げちゃうここコルカタ

わたしの頭に直撃しなくて、あーよかった!

コルカタの名医の診察から学ぼうとはるばるムンバイからやってこられた二人の現役ドクターズ
しかし!コルカタの名医はなにやら家族サービス週間らしく、今週は診療所はお休み
だいぶ前からわかってたはずなのに、ムンバイのドクターズもわかってたはずなのに、もう航空券予約したからきちゃったんだって
で、きたもののやっぱりどうしようってなったらしく
なぜか白羽の矢が立ったのは、ジャパ二のわたし

「まい、ドクターたちをコルカタ観光にお連れしなさい」

ここはもう忠犬ハチ公のごとく、忠誠心をお見せするしかありません

「はい、my pleasure!!」

でも冷静に考えてみて、
「わたしの友達が福岡から仙台にあそびにいくんだけど、わたしあいにくいないから、ナイジェリア人のオビさん、しょうこちゃんの観光案内よろしくね! 」
てその状況なんかおもしろくないか?

知らぬ間にだいぶコルカタの人間になったもんです

でもひさしぶりに、ていうか初めての勢いで、見ず知らずのインドの人の役に立てたような!
なんか新鮮な喜びを感じたー

3年もいるのにまだベンガル語全然しゃべれないけど、それでも助けてもらうばっかりじゃなくて人と分かち合えることが、ほんのちょっとでもあること

ストの中でもせっせと摩訶不思議ないでたちで、学校に通って勉強に励むロシアの女の子の姿

奥さんに非難され、娘と息子には反抗され、それでも文字通り朝から晩まで月曜日から日曜日まで患者さんをみているドクターの背中(日曜日はてっきりお休みしてるのかと思ったら違った)

いかにもクオリティの低そうなものを持ってたり着てたりするインドの人をみて、日本からもっといいものもってきてプレゼントしたいなぁって思ったけど、でもクオリティが高いからってなんなんだって気がした今日この頃

わたしはここに、言い訳やめます宣言をします

クーラーなくて暑いから勉強に集中できない
ストだから授業がなくて生活リズムが崩れちゃう
日本人だから特別
インドに暮らしているからどうの

もう言い訳して逃げ道つくるのはやめよう

いかなる理由があれ、現状だらしなく、そんなに勉強に励んでいないっていうわたしの実態
そんなわたしを始めたのはわたしだし、やめるのもわたし

もっとできーる!

言葉で言うのは簡単
だれかを非難するのも簡単
だれかやなにかのせいにするのも簡単
でもそんなのださいもんな

Yes I can!!!!
できるまでやる!

2015/03/21

ホメオパシーの治療を最大限に有効にするために知識

ホメオパシーの治療を受けるときに、知っておいたらいいんじゃないかなと思うことを
ヴィソルカス教授のサイエンス・オブ・ホメオパシー(下 /実践編)
より引用してみます

◯ホメオパシーのメディスン(日本で言われてるとこの”レメディ”)の飲み方
一般にレメディーは数粒の乳糖を患者の舌にのせる方法で投与する。舌で溶かしても、あるいはそのまま飲み込んでもかまわない。

◯飲むときに気をつけること
レメディーの小瓶を開ける前に周囲の臭気に注意し、警戒する習慣を身に付けなければならない。また、患者が服用する際、香水をつけないということも重要である。

◯レメディーを服用する最適な時間
朝食前、及び歯磨き粉を付けて歯を磨く前である。理由は、この時には口内に強い臭気(特に樟脳、ペパーミント、玉葱、にんにく等芳香性のあるもの)がないからである。このような臭気が残存したまま服用すると、レメディーは舌にのせた時点で効果がなくなってしまう。食後に服用する場合、口内の残存臭気が最小限になるまで、すなわち最低でも一時間半待たなくてはならない。服用後ならば10分後に食事をとってもかまわない。

◯保管
直射日光、過度の 低・高温、臭気のないところに保管する。
冷蔵庫の中はNG

◯レメディーの作用を相殺する(=antidoteアンチドートする)要因
 アンチドートは、防衛機構の働きが妨害されることによって生じる、原則として個々人に対して薬効があるものなら何であれ、レメディーをアンチドートする。興奮、緊張、あるいは化学的に引き起こされた鎮静・眠気はレメディーの働きを阻害し得る。
レメディーをアンチドートされる一番の要因は、アロパシーの薬である。現代では、鎮痛剤、抗生物質、睡眠薬、鎮静剤等の薬で満ち、人々は良く考えもせずにそれらを飲み込む。しかし、こうした薬はホメオパシーのレメディーの効果を失わせる強い力を持った人工的な物質である。よってアロパシーの薬は、ホメオパスから特に承認された物ではない限り、絶対に服用してはならない。
コーヒーもレメディーの働きをアンチドートする作用を持つものとしてよく知られている。患者は一切コーヒーを口にすべきではない。というのは、どの患者がコーヒーに対する感受性が強いかということについては、事前に予見することは困難だからである。コーヒーは全く飲まない、という方針をあらかじめ立てておくほうが賢明である。これは1日1カップ飲む人も3カップ飲む人も同じである。もっともコーヒーケーキや、コーヒー味のアイスクリームのような、微量の場合は気にする必要はない。根本は何かというと、コーヒーという物は神経系統を刺激する薬物だということである。このような薬物により、患者がわずかでも刺激を受ければ症状が再発する。過度に刺激を受けない程度であれば、ブラックティーやデカフィンコーヒー、穀物コーヒー等は問題ない。ハーブティーを日常的に飲む場合にはある程度注意しなければならない。通常のハーブティーは特に妨害することはないが、それでも毎日種類を変えるのが良い。患者によっては特定の種類のハーブティーに薬用効果があるということが判明しており、それによって興奮・鎮静・便秘、利尿作用等が生じた場合にはやめるべきである。
樟脳もまた、レメディーの効果をアンチドートされる物資である。塗布剤や「ベポラップ」には通常多く含まれている。さらに多くのリップクリームに含まれているので使用を避けるべきである。樟脳の臭いに強くされされていてもレメディーはアンチドートされる。しかしながら、化粧品に含まれている明示されていない程の微量の物についてまで神経質になる必要はない。効能書に目を通す習慣を付け、強い芳香性のあるものを避ければ十分である。
歯科医療もまたアンチドートする物として知られている。ホメオパシーの治療を始める患者がもし近い将来歯の治療を受けねばならないことがわかっていれば先に歯を治し、ホメオパシーの治療は延期するのが望ましい。服用後、歯医者に行く必要が生じたなら、麻酔の使用は必要最小限にとどめるべきである。さらに、歯医者は強い芳香性のある物質、特にクローブや油や強いミントの複合物などの使用はできる限り避けるべきである。
ミントの歯磨き粉ですら、アンチドートする場合がある。このようなことは非常に稀であるが、しかし、たまにあるということにホメオパスは留意する必要がある。
各種の治療法がレメディーの働きをアンチドートするということも判明している。鉱物浴、ビタミン剤の多用、鍼治療、磁性マッサージ、ハーブセラピーなどは場合によってはアンチドートする。このためホメオパシーの治療を受けている場合はこれらも避けるべきである。
原則として、食べ物に含まれる物質は問題がない。一般的に口にするものであれば、それが過度にならない限り、薬用効果はなく、ホメオパシーの治療を妨害することはない。面白いことに、煙草やアルコールについても同様でこれらについてはいずれも、レメディーの働きを妨害するという事実は認められないのである。

◯ホメオパシーの治療には時間がかかる。苦しいこともあるし、簡単な治療ではない。その心得は?
こうした難しい症例は、ちょうど東洋の神秘学における質問を連想させる。すなわち、ホメオパシーのカルマ的な意義はなんであろうか?レメディーを投与することで、精神的な発達を促す苦しみを癒しているのであろうか?この質問に対する答えは、知性と自覚がホメオパシーの治療においてはまず必要となり、またレメディーを探すにあたっては、自己観察と告白がなければならず、そして治癒の歩みを乱すことなく忍耐強く守り続けるという事実に秘められている。ホメオパシーの治療はとてつもない忍耐を要する。日常生活においても、なるべく自然な食物を摂取し、防衛機構の働きを妨害するような物質は避け、様々な刺激に対する反応を単純かつ客観的に観察し、自己の内部で生じた不均衡の真の状態を表現できるようでなければならないのである。もし患者がこうしたどちらかというと面倒な事柄を受け入れる気持ちがあれば、病気のカルマ的な影響は、治癒の過程にとって変わるはずである。

◯日本では”好転反応”と呼ばれている症状の一時的悪化(aggravation悪化)について
ホメオパシーのアグラベーションという問題は、最も議論されかつ誤解されているものであろう。この問題があるために、ホメオパシーとほかの治療法が大きく異なり、またこの問題に対する誤解によって、ホメオパスたちの間でも、大きな議論が巻き起こっているのである。
ホメオパシーのレメディーを投与する目的は、患者の防衛機構に刺激を与えることで戦っていた病気を治癒することにある。したがって的確なレメディーを処方したあとで治癒的な反応をつくり出すためには、アグラベーションが予想されるだけでなく望ましいことでもある。
ホメオパシーのアグラベーションは、いわばレメディーによって生体がこれまで奥に抱え込んでいた問題や悪質な傾向について「告白」するよう「励ます」現象といえる。完全に自由になるためには、生体は十分に自己を表現することができ、創造性を発揮できる状態になければならない。これが妨げられたり、抑圧されたり、覆い隠されたりすると、人は病気にあるのである。したがってホメオパシーの問診では、処方者はある程度患者の防衛機構の「内部」からの表現を引き出さなければ、的確なレメディーを見つけることができないのである。そしてレメディーは防衛機構に刺激を与え、その結果一時的に症状が激しくなるのであるが、これこそが処方の結果を実際に外から観察する唯一の方法となるのである。
以上から、特に慢性病のケースでは、ホメオパシーのアグラベーションが望ましいことであることがおわかりいただけたことと思う。ホメオパスによっては、アグラベーションを抑圧しようとする者もいるが、これは治癒を妨げていることになるのである。このようにしてアグラベーションを引き起こさせないようにレメディーを処方する者は、科学としてのホメオパシーについて無知という他はない。

(引用&まとめおわり)

文章の始めが下がっているのは全て引用です
引用元↓

2015/03/20

easy come, easy go

今わたしもホメオパシーの治療を受けている


こんな皮膚の症状が気になったのと

今回のストの発端をなしている出席率問題
わたしも全然自慢できるほどの出席率ではなく…
わざわざ日本からインドに勉強しにいっていると言いながら、授業に出席もせずなにをしているのかというと
いうと
ちょっと、いやおもいっきし言い訳気味だけど
インドでは体調崩しやすくって…

奨学金の事務所で100%強制的に書かされた宣誓書
「わたしは、これから全てのクラスにでます!」宣言しちまったよ

てことで、これはウルトラスーパー元気になるしかない!

始めた治療

最初はなにやら肌がめっちゃすべすべに
見た目は変わってないけど…

それもつかの間、
なにやら生殖器系の症状がでてきた
なんかあったけ?こんな症状前もあったようなないような…

いつのまにかそれらは消え、なんか喉が痛い
今まで日本で風邪のひき始めは、ほぼ喉から
でもインドにきてからはなぜか喉が痛くなったことはなく、体調が悪くなるとすると熱か胃もたれか頭痛か
喉痛いのひさしぶりだなぁ、急に夏が始まってファン(天井についてる巨大プロペラ)をつけ始めたからかなぁ?

15日後にドクターに報告するように言われてたので
まい「ドクター、15日経ちました」
ドクター「なに飲んでたんだって?」
まい「◯◯です」
ドクター「そう、喉の調子はどう?」
まい(あれ、喉痛いっていったけ?)「 いえ、皮膚の症状で飲み始めました」
ドクター「ああそう、皮膚はどう?」
まい「ほんのちょっと良くなってるような気がしますけど…」(はやく次のポーテンシーか次のメディスンにいきたい…)
ドクター「じゃああと一週間は様子みてねー」
まい「いっ一週間…(うえええええ)」

自分のつたない知識的には、前に飲んでたレメディのconstitutionalを飲みたくて飲みたくて

また待つのー

ぬおーん

てなモードだったけど
友達が貸してくれた、ホメオパシー界、いや医学会…いや世界の巨匠
Prof. Vithoulkasのこの本





やはり巨匠、すごい
日本語で読んでるからってるのもあると思うけど、自分が勘違いしてることがあることに気付いたり
なにより我らがマスターハーネマン大師匠の説明をより詳細に、現代的にしていく
ハーネマン大師匠の生み出したホメオパシーが、Vithoulkas巨匠によってここに、より精密化している

読みながら何度インドを脱出してギリシャに飛び出しくなったことか…
マンマミーアの島もめちゃきれいやーん

もとい、まさにわたしがたどってる症状の遷移はHeringの法則そのものであることがわかった
(Vithoulkas巨匠によって、内臓器の重要度が序列化して示されていた)

しかも今までAllopathyの薬があんまりすきじゃなく避けてきたわたしは、結構じっくりと何もせずに治ることを待ってやり過ごしてきた
いずれ症状は消えていき、”治った”
と思っていた

でも今回の治療で、あれって治癒cureしてたんじゃなくて回復recoverしていたんだなぁと気付いた(The genius of Homeopathy-Stuart Close-Chapter IX)




Organon of medicineの中でハーネマン大師匠はいう
「ホメオパシーの治癒技術こそが唯一正しく、唯一治癒にいたる方法である」(§53-6th edition)
正直わたしこれはどうかなぁと思ってた
自然に治ることもあるさー
自然療法とかAyurvedaとかもあるさー

今もホメオパシーだけではないと思う

でも自然に治るのは、回復で治癒とは異なる

ホメオパシーで定義するとこの「治癒」って、ただ気にしていたその症状が消えることじゃない
いったん症状が表面から消えても、潜在していてなにかの時にまたぶり返すことがあったり(疲れたときとか、細菌やvirusなど、同じ原因に遭遇したとき)
その器官から別な器官へと症状の表現のカタチが変わっていったり(生体にとってより重要な器官へと移っていれば、病は深刻化。逆もしかり)

患者さん心身全体から、感知できるすべての病の症状と兆候が消えること
これがホメオパシーの定義する”病が治る”ということ(§17)

本当に「治ること」「治すこと」って、難しいんだなぁと改めて

しかもホメオパシーのメディスンの持続性!

今回は
Rx,
1日目に30C 1dose B.D.
2日目に200C 1dose B.D.

こんなにじわじわ効いていくんだねぇ

待ちのVithoulkasかと思ってたけど、待つことはホメオパスにmustなんだな

ホメオパシーで治るということは、人間として良くなっていくということを意味しているそうな
ホメオパシーの治療で体がどんなに元気になっても、その体で人を傷つけるようなことをしたら、それは治療の失敗だそうな

今日まで体のことも、自分の性格のことも
なかなか良くなっていかないことに、落ち込んだり絶望したり

でも、本当に良くなるって時間がかかることなんだなぁって

Allopathyの薬は飲んですぐ痛みが消えたりするけど
それは治っているのではなくて、症状を抑えこんでいるだけ
患者さんの状態や状況によっては、そういう処方が必要なときもある

でも本当に治ろうと思ったら、時間をかけないといけない

性格だって、インド人に簡単にイラっとするのをどうにかしようと思い
イラっとしても顔や態度に出さないようにするのは一瞬でできる(と思う)
でもそれは本当の意味で良くなっていないはず
イラっていう感情がそう簡単に湧かなくなることが、人として成長したということだと思う

中学生のとき、わりと学業優秀だったわたしは
学校での試験の度に友達に言われてた言葉「頭がいい人はいいよねぇ」
に「いや、それは勉強してる熱心さが違うから!みんながプリクラとってる時間勉強してるもん」 と心の中でぼやいてた

ダンスの上手な人をみて、うらやましくなる「才能がある人はいいなぁ」
理想のドクターの診察に、途方もなく憧れる「天才はいいなぁ」
この世に生を受ける人間として完成した聖者たちは、もはや遠い存在

でもどの方もそうなるまでめちゃくちゃ努力してきたんだろうな
人知れず努力してきたんだろうな
苦しんで、涙して、もがいてきたんだろうな
そして現在進行形でbetter than beforeを追求している

人によってセンスの差はあるだろうと思う
だれにでも得意不得意はあるから

「好きこそものの上手なれ」

幸い、患者さんを診ることはすき!
だいすき!
どんなに自分がどん底でも、それだけはやろうと思える(わたしならどん底の人に診てほしくないけど)

改めて、焦らずいこう

良くなる努力を重ねる毎日を積み重ねていこう

本当に良くなるためには、時間がかかるのです
だれかにさんざん投げていた言葉が ブーメラン

何回も同じこと書いてるような気がするけど
何度落ちても、その度にまた上向いて
ほんのちょっとでも良くなっていけますように

良くなる覚悟
今きめた。

2015/03/15

四面楚歌 in my life

インドにきて最大の四面楚歌

同級生たちは進級試験さえもストライキをするという決断をし
わたしはだれも受けないのであれば、試験を受けるのはやめよう
でももしだれか一人でも受けるであれば、受けようと決めていた

試験の申請期間は4日間
最終日は土曜日で学校の事務所はしまっちゃうから実質3日間

申請期間の初日ではだれも試験を受けないと言っていた
2日目も変わりなく

3日目
やっぱりまじめな女の子たちは試験の申請をしたらしい

それを知ったのは3日目の夜
すでに事務所はしまってる

ならば、明日!
と今朝大学にでかけた

当然のごとく事務所はしまっていて…
どこにいけば申請書をもらえるのかもわからず…
とうろうろしているところを、同級生たちに発見され…

「試験を受けないでよ!」
と猛攻撃

わたしの奨学金はインド政府の機関から出ているもの
この大学もインド政府が設立したもの
つまり奨学金のスポンサーは完全に大学サイド

自分たちで学費を納めているインドの学生と違い、奨学生の立場は弱い

すでに校長は奨学金事務所に連絡を入れたらしく…

わたしはここで学び続けるためには、ストしてる場合じゃない

とりあえず猛攻撃を無視して、すでに申請をした同級生を探しに

あっさり出くわしたものの
「わたしたちはなんのアドバイスもできないから、自分で考えてやって」
と突き放され

普段仲の良い先輩にアドバイスもらいにいったら
「わたしはなにも言えない」

あー人生きびしいなぁ
と涙をこらえて、あっちへいったりこっちへいったり

奮闘の結果、月曜日でも申請が間に合うとの情報をゲット
ほんとかはさておき

どっと疲れて部屋に戻ると仲良しの先輩からの着信が
部屋に会いに行くと
「あのあとどうしたのかなぁと思って。
 同級生たちの前だからわたしもなにもいえなかったけど、自分にとっていいことをしたほうがいいよ。
 わたしもスリランカから初めてここにきたときは、全然わかってなかったけど、ここでは自分のことを考えて行動しないとだめだよ。だれも人のことを考えないから。利用するだけ。maiがどんなにだれかのためになにかしても、その人たちはなにも返してくれない。かえって傷つけられるだけだよ。
 いい?だれも信じちゃだめ」

「ここにきていろんなことを学ぶよね。悪いこと、ひどいこと、悪いこと、悪いこと…」

「そうだね、辛抱強くいること。
 タフでいること。
 感情をコントロールすること。
 わたしたちきっといいドクターになるね」

とてつもなく孤独を感じた今日だけど
先輩にぶちまけてる自分の言葉の中に希望

「わたしはただ、いいホメオパシー医になりたい」

とてつもなく今は予測不可能、理解不可能だけど
ここにきた意味があるんだろう
ここで学ぶ必要があるんだろう
わたしは良くなるはず!

なにかに頼った途端、そのなにかが崩れていく
わたしはかえって弱くなる
だいすきな人がいる
尊敬する人がいる
信じているものがある
でも頼らない
助けてもらうこと、いっぱいあるよ
希望や勇気をもらうこと、いっぱいあるよ
でもわたしはまずわたしの脚でこの地にしっかり立つ

わたしの覚悟さえ決まれば、世界はわたしについてくる

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ※(「「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

Unbeaten by rain
Unbeaten by wind
Unbowed by the snow and the summer heat
Strong in body
Free from greed
Without any anger
Always serene
With a handful of brown rice a day
Miso and a small amount of vegetables suffice
Whatever happens
Consider yourself last, always put others first
Understand from your observation and experience
Never lose sight of these things
In the shadows of the pine groves in the fields
Live modestly under a thatched roof
In the East, if there is a sick child
Go there and take care of him
In the West, if there is an exhausted mother
Go there and relieve her of her burden
In the South, if there is a man near death
Go there and comfort him, tell him “Don’t be afraid”
In the North, if there is an argument and a legal dispute
Go there and persuade them it’s not worth it
In a drought, shed tears
In a cold summer, carry on
Even with a sense of loss
Being called a fool
Being neither praised nor a burden
Such a person I want to be
Translation Copyright © 2011 by Catherine Iwata, Fredrich Ulrich, Orlagh O’Reilly, Helen Bartos, Minaeri Park, Mokmi Park, Helen Bartos, Sophie Sampson, Kotomi Okbo, Eva Tuunanen, Alessanra Lauria, Sophie Sampson, Miwa Block, Nancy O’Reilly, Jasmina Vico & Yasuko Akiyama
「AMENIMO MAKEZU · UNBEATEN BY RAIN」

雨ニモマケズって日本人のいいとこがぎゅうっとつまってるような気がする
って思うのは日本人だけかもしれないけど

泣いてもどんなに心折れそうにになっても暴眠暴食やけくそになっても
なっても
なってから
また始めよう

せらゔぃ!
こんな人生

泣きながら前にはいつくばっていく

2015/03/14

pureな動機、pureな目的

わたしの憧れのドクターは1日100人くらい患者さんをみています

世の中にはもちろんもっとたくさんの患者さんをみているドクターもいるだろうし
たくさんみりゃいいのかっていうと、もちろん全然そんなことはない
わたしもそんだけみれるようになりたいのかっていうとそういうことでもない

わたしがすごいなぁと思うのは
100人を月曜日から土曜日、朝から晩まで文字通り見続けていく
セミナーをしに、ムンバイに飛び、ジャイプールに飛び、時にルーマニアや日本へ
帰ってきたその翌日からまた診察に向かう
そのモチベーション

ドクターの診療所にはドクターとアシスタントと、ドクターの元で学びたい大学院生、薬局のおじさんとお兄さん、受付のお姉さんが働いている
ドクターを除いて、みんなはチャイ 休憩をはさむ
スタッフ同士おしゃべりしたりしながら、インドらしく働いている
一番頭を使い、一番ハードに働いているのがドクター

わたしも時間があるときは、勉強をしに診療所にいくようにしている
でも全然集中力がもたない
門限の関係もあるけど、ドクターより遅くきて早く帰るのに、ちょーヘロヘロ

そんな毎日を淡々とこなしていくドクター

一体彼のモチベーションってなんなんだろうなと思っていた

超人なのか!?

お金のためにそんなに人ってがんばれるものなのか?

わたしもこんな風にがんばり続けられるんだろうか?

ベンガル語が耳に馴染んできた今日この頃
イスラエルからホメオパスが勉強にきていたこともあって、ドクターが英語で解説を加えてくれる
Boericke's MM & Kent's repertoryだけを机に並べ診察するドクター
MacBookを開き、MacRepertoryをわきで操るイスラエルの方

ドクターはMacRepertoryより素早く正確にレメディを導き出す
(ちなみにイスラエルの方はMacRepertory開発に携わっている方らしいので、操作が遅いとか、使い方がわかっていないということではないはず)

ていうのはさておき

患者さんが部屋に入ってきて
満面の笑顔で「よくなりました」という
「まるで奇跡が起こったみたいだ」という

暗い顔、神妙な顔で入ってきて
「今度はこんな症状がでてきた」
「痛い、つらい」
時にドクターは言う
「それはよくなっている証拠だよ」
「現実的に、論理的に、一般的に考えて、細胞レベルで変化が起こっていくには時間がかかるんだよ。この検査結果をみると、前よりもこの値が改善されている。ということは体内でなんらかの変化が起こっているということだよ」
「大丈夫、良くなるから」
「その症状もこの症状も良くなるよ」

もう8年通っている患者さんとか
難しいケースだと1週間後に再診ということもあって
わたしも患者さんの顔に見慣れてきた

たしかに前に来たときとは様子が違っているなぁ明らかに
とか
えーすごい元気そう
とか

わたしが言葉を正確にとらえられなくても、目に見えて感じる変化が起こっている
まざまざと

”自分が選んだ薬が患者さんに変化を起こしている

そしてそのフィードバックがまっすぐ自分に返ってくる
いい結果も悪い結果も”

これはやめられないかもなぁと思った
初めてほんのちょっとわかった

「良くなりました」の笑顔と
「つらい、苦しい」にホメオパシーでできることがもっとあるはずという気持ち

それが彼にたゆまぬ努力と、枯れないモチベーションを与えているのかな


患者さんの一人が
「もう一年も通っているのに、ドクター全然良くなってません!」
と珍しく英語で訴えていて

日本で考えたら、ウルトラありえないシチュエーションだなと思って!

今の日本ではまだホメオパシーという医学そのものに大した信頼がないので
基本的にホメオパスに与えられるチャンスは1回
その一回で改善がなければ「なんだホメオパシーってやっぱインチキじゃん」
あっさりと見切りをつけられる
何回か診察のチャンスをもらえるのは、ホメオパシー対する信頼ではなくて、ホメオパシーという治療を行う人(ホメオパス)に信頼が得られた場合のほうが多いだろう
日本の現状

それが一年!
良くなっていないと言いながら、彼はもうこの1年の間に最低6回くらい診察に通っている様子
あんびりーばぼ!

今後日本でpracticeするものとしては、そのインドと日本の違いの核心にぜひせまりたい!

突撃インタビュー!

おじさんいわく「わたしはホメオパシーという医学をすごくいいものだと思っているんだ。人間の一部ではなくて、全体をみて、それに応じて薬を選ぶでしょ?病気があるのではなくて、病的な状態の人がいるという考え方にとても共感しているよ」

じゃあどのホメオパシー医でもいいの?あえてこのドクターに通い続ける理由は?
(わたしはドクターが有名だからという答えを想定していた)

「このドクターは質問を毎回いっぱいしてくれるから」

なんとまぁ!


最近すごく思っていること
目的のpureさ

奨学金の事務所の長はこの1月からとてもできる女性になったようで
世界と比べると日本の女性の管理職率ってめちゃめちゃ低いらしいですね
ちなみに世界初の女性首相が誕生したのはスリランカだそう!

もとい
この露骨に権力まみれ汚職まみれのインドワールドで
事務所長という座を獲得したこの女性いわく
「正しいことをしていれば、政治とか人間関係とか駆け引きとかは関係ないの。
 最後に勝つのは、正しい行いよ。」

バガヴァットギーターの再演か!?と振り返って思ったほど

インドの、世界の新しい時代を感じました

男性陣にひんしゅく買いそうだけど、男性に比べて女性のほうが地位や権力、名声、お金に興味が少ないと思う
つまり目の前の向かっている仕事に対する動機がよりpure

この事務所長で言えば「外国人留学生をサポートし、インドと諸外国と文化交流の繁栄に貢献する」という本来の目的にとても忠実でいる
一方同じ事務所内の男性のプログラム長はまず「自分の立場に傷がつかないように」「穏便に」あわよくば「出世」

その動機は露骨にわたしへの扱いに現れるわけで(笑)

インドにここの奨学生としてきてから、みなさん口々にいうわけです
「なにか困ったことがあったら、言いなさい」
だから困ったことがあったときに、言いにいってみるわけです
「それはどうにもならない」「わたしにはなにもできない」
正直ここまで、大学の先生や事務員及び奨学金の事務所の方々にも困ったときに助けてもらったことは一度もないわけです
大げさではなくて、一度も
奨学生に受け入れてもらったということは、とても感謝していますyo!

わたしを取り囲んで、事務所長からプログラム長から下で働いているスタッフ一同に会して
わたし対する議論が始まったわけですが
下働きのみなさんは、まず自分に注意の矛先が向かないように全ての汚点をわたしになすりつけ
必死に自分の過去の仕事への怠慢、エゴ、弱さを守っていきます
事務所長一喝
「学生を助けるのがあなたたちの仕事でしょ。今後はしっかり仕事をしなさい」

おっとだんだんとまたグチりブログに
しかし奨学生になることを考えている人は、基本的に「いつも自分でどうにかするしかない」という覚悟でインドにくることをおすすめーん

だからなにを思ったかというと
事務所長が言ったように、正しさ追求して行動するということはとても大事だなぁって
だって、もし目的が自分の地位やエゴや弱さを守ることであったなら
その目的はだんだんと本来の目的から外れていくわけだから
それは本来の仕事からどんどん遠のいいていくということ
ということはいい仕事ができるはずがなく、成し遂げられるわけもなく、成功することはできないんだろうな
長い目でみれば、よりはっきりと

ここでドクターの臨床風景が重なってきて
「患者さんを治す」
それだけで臨床に向かっていく

わたしもホメオパシー対していつもpureな動機でいたいなぁて

ホメオパシーだけじゃなくて、生きること、愛すること
食べること、眠ること、たのしむこと、人生の試練に立ち向かうこと
いつもpureな動機でいようって
思ったのでした

 

2015/03/10

インド史上最大の危機

その名も

ストライキ

今日で22日目

授業なし
状況に進展なし

進級試験までも

ストライキ

学生運動まっさかりだった日本はよくわかんないけど、それ以降に育ったgenerationには正直ポカーン
そんな概念知らないし、そんな主張の仕方、そんな要求の通し方知らないもん!

今はまだストがなんたるやとか、どうして起こったのかとか説明する余裕はないのでおもいっきり割愛

ただ結局自分に立ち向かってきたのは

「わたしはホメオパシーをほんとに勉強したいのか?それもこのコルカタで」

っていうquestion

どんだけ覚悟しなきゃ、ホメオパシーの道を歩ませてもらえないんだろうって
まだまだ全然覚悟足りてなかったんだなって

因果関係とかも全部ぶっとばして投げられた言葉と出来事、それにわいた思いだけを羅列しよう


-それがほんとにほんとの真実であれば、だれがなんと言おうと揺らがないこと
(ブッダを思い出す)
 
-行動の動機が、自分の弱さを隠すことやエゴを守ることであれば、どんどん真実から離れていくこと
そこには勝利はないこと
純粋に真実を追求すること
考えうる正しいことを貫くこと
世界を敵に回すようにみえても

必ず最後に勝つのは、真実

-You should not misbehave to others and even others are not allowed to misbehave to you.

-Do only the right things. Then you don't need to think about political or something. You will win finally.
(思えばkrishnaが語ったのではないかと)

-もしも人間の性格が30歳で固定されてしまうという仮説によるなら(そんな記事を最近みた)わたしはきっと「30歳になるまでにその性格なんとかしてこいよ」ってインドという性格改善ランドに送り込まれたのではないか

-全く先行きが見えなくて、いろんなことにfull fullで、それでも踊るとすっきりしてた(一時的に)
と思って楽しみにいったダンスクラスの先生がくそ厳しくて、できてると思ってたものもみんなの前でボロクソにいわれw
ムカついたw

「人は自分に折り合える程度にしか、他人とも折り合えない」というどなたかの言葉を思い出し
この人どんだけ自分に厳しいのかなぁと
そんだけ厳しくやらないと、こんなにうまくなれないのかもなぁと
この先生のとこでがんばれば、ちゃんとうまくなるかもなぁと!
てことはインドの厳しさの中でがんばれば、わたしももうちょっとちゃんとしたやつになるかもなぁと!
スパルタ!アスパラ!ベガルタ仙台!

-結局は自分の「意志」だということ
自分の覚悟さえ決まれば、周りはそういうふうに動いていくということ
だれかに頼ったり、どうにかしてくれるかもと思っていると、結局どこかで行き詰まる
最後まで自分の意志を持って、貫いて、自分の足で、頭で、心で動くこと
もちろんいろんな人に支えてもらってるんだけど
でもわたしの道をひらいていくのはわたしだけなんだと思う

-結構邪推していることがいっぱいあること
なんの意味もないことをネガティブにとったり、想像力を負のほうに働かせて感情まで持って行かれたり
最悪その邪推の真偽を確かめもせずだれかを傷つけたり
 
-やっぱりコルカタのホメオパシードクターはわたしが出会った限り最高だということ(コンピューターレパートリーを超えている人がここにいるのです!)
この人に学ばずして日本には帰れない

-自分の過ちを認めることはとっても難しい、そして謝ることも
でもコルカタにきてそれがちょっとはできるようになってきた気がするぞ!
「君子豹変す」

-自分がどうしようにもどうにもならないことがあって
人間が作り出した社会の中で、大自然の中で
人は(わたしは?)自然からのほうが素直に学べるということ
ex.台風はどうしようもないなとあきらめられるけど、ストは…

-成熟したホメオパスには成熟した人格がmustであるのではないかということ
 My homeopathical practice is just telling who I am.

 -So that is why I came here and this is what I want.
I will be the best of me.
I will be the best homeopathic doctor of me.

-ということで、なんかだんだんゴシップガールか白い巨塔のなにか役を演じているような気もしてきたけど(涙も流せます♡)、乗り越えましょう!
後にはひけないんじゃなくて、前に進みたいんだい

 
 

2015/03/01

魂のクオリティ

なんだか怒りというか衝動に任せて前回のblogを書いてしまったけど
ちょっと反省

やっぱりやさしさは、どこからきてもやさしさだなぁと

まっさらに生まれてきたはずなのに
地球に暮らしている間にわたしはいろんなことに対してフィルターをもってしまったような

インド人がアニマル的というフィルター
日本人が頭でっかちというフィルター

目にも耳にも鼻にも舌にも皮膚にも脳みそにもフィルターがかかっているような

身につけたものを、いっこいっこはぎとっていく

はぎとるそばからまた身につけてるのかな
せつな!笑


わたしの情は周りに影響を受けやすいんだなと最近気付いた
怒られるとその人の怒りが伝染して、わたしも怒り出す
周りで笑っている人がいると、意味わかんなくても笑っちゃったり
(頭がメインに活動モードのときは、意地でも笑わなかったりするけど)

でもそれってホメオパシー医としてどうなんだろう
(まず人としてという疑問はさておき)

患者さんが泣きながら症状を訴えたら、いっしょに泣くのか
質問に対して怒り狂う患者さんに、わたしも怒り出すのか
病んでいる患者さんと、いっしょに病んでいくのかい?

そういう生き方もあるかもしれない
でもそれじゃホメオパシー医として身がもたないんじゃないか
ていうかそんなんじゃ最適な薬が選べないんじゃないか
それじゃ治療にならんやないかーい

インドではインドの人に言いたいことを言って、やりたければいっしょにやって、やりたくなければ無視してやらない
 
それが日本にくると、日本の「空気読めよムード」に完全にのまれる
って今まで言い訳してた

インドにいる日本人にもやっぱり遠慮して伝えたいのに伝えられなかったり、緊張しちゃう自分がいた
相手の緊張の高さがうつるからだって信じてた

そうかもしれない
そうじゃないかもしれない
いずれにせよ、そうあり続ける必要は全然ないなぁって

わたしの弱さ発見!
きらーん

よきものには影響されよう
悪しきものからは、自分を離そう

自分をなりたい自分に保つ
あるべき自分に保つ

これ、これからのテーマ!

自分を出すというより
魂のクオリティを発揮しよう

インドでバイクに乗っていると、後ろから抜かれる車やバイクに闘争心むき出しになりそうになったり
あおられたり無駄にクラクション鳴らされたりすると中指立てたくなったり(舌打ちはしてる)
おもに怒りの感情が刺激されることがたびたび
一瞬怒りにのっとられる
でも、まてよと
「安全運転。ここで競ってもなんの意味もないよー」
と気持ちを切り替える
運転はリアルに命の危機を感じるから、必死さが感情に打ち勝つんだろうな

これを日常生活に応用だ!


表面的なインスタントな同情じゃなくて
深いところで慈しみたい

外に気持ちを向けるのはわりと簡単
外は刺激的だもん
だれかや、なにかのせいにするのも簡単
自分は傷つかないもん

でもしっかり自分をみつめて、自分と向き合って
へばりついた偏見というフィルターはぎとっていきたいな
無知という固い殻を壊していきたいな
悪い癖という蛆虫をつまみ出していきたいな

君子一日にしてならず

まだまだ当分時間がかかると思いますが、これからもどうぞよろしくやーまんです!