2015/02/12

待つこと

インドにいると、待つ
先生にレポートをチェックしてもらうのに待つ、無秩序に
ドクターに診察してもらうのに待つ、あとどれくらい待つのかわからないまま
バスが来るのを 待つ、ほんとにくるのかわかないまま
携帯電話を契約してから開通するまで待つ
授業の開始時間から授業が始まるまで待つ
出席シートに名前をサインするのにも待つ
待つ待つ待つ
そして待つ

インドでは日本では考えられないくらいの時間をただ待つ
本を読むでもなく、音楽を聴くでもなく、携帯をいじるでもなく

日本にいる時から、待つことが苦手だったわたしは
インドにきてから何度も待つことを放り投げてきた
「こんなに待つんだったらもういいや」
何度そうやって断念してきたことだろう

きっぱりやめて時間を有効に使えたなと思ったこともある
スムーズに進まないってことはやめたほうがいいってことなんだと解釈したこともある
待ってでもやりたいのか、自分の意志が試されていたのかもしれないと思うときもある
どれが正解だったのか、はたまた不正解だったのか
やり直しのできない人生、それは今のわたしにはわからない

でもひとつ思うのは
心に余裕がないと待てないってこと
あるいは本気じゃないと待てないってこと

どんなにホメオパシーの薬の名前を聞いても頭に入らなかった一年生の頃
今は日本人の名前を覚えるよりホメオパシーの薬の名前のほうがすっと頭に入ってくる
ここまで3年

わたしはここまでもがきもがき、迷いながら、病みながら、上がったり下がったり

そんなわたしをところどころ見て知っている憧れのドクター
最初は「こいつは本当にホメオパシーを学ぶ気があるのか?」そんなかんじだっただろう

最近幸運にも患者さんのcaseをとらせてもらう機会が増えてきた
ドクターはそれを元に診察をして、薬を選んでくれる

「まい、少しずつcaseをとることの意味がわかってきたね
 あとはmateria medicaの知識をしっかりとつければ、立派なドクターになれるよ」

ドクターはずっとわたしを待ってくれている

今はまだまだまだホメオパシー医としては生まれてもいない卵

ドクターは卵を温めるでもなく、つぶしてしまうでもなく、食べるわけでもなく
ただただ孵化することを待ってくれている

いわゆる先進国と呼ばれる国は、なんだか一見とても豊か
あれもある、これもある
インドにくるとないものばっかりが目につく

最近仲良しになった女の子のなぞなぞを思い出す
「インドにあって、日本にないものなーんだ?」

ドクターはいった
「勉強は継続的なプロセスだ」と

次から次へと学んでいこう
学び続ける、人生
ダルマ

ここまでインドでphysicalなたくましさをみっちり教えてもらった
これからはインドの心の豊かさを

インドにきてよかった

 

0 件のコメント:

コメントを投稿