2015/01/27

わたしのHahnemann師匠

ホメオパシーはSamuel Hahnemannという人が産み育てた医学
ホメオパシーが生まれてから250年近くという年月は過ぎ去ったけど
わたしは今、Hahnemannが書いた本を自分自身で読むことができる(ドイツ語→英語と翻訳されてはいるけど)
わたしは、Hahnemann師匠に弟子入りしたのだということに今気付いた!
おそっ

以前、幸運にダライ・ラマの講演をきく機会があったのだけれど
講演の最後には質疑応答があって
釈迦に説法的な質問からなにから、いろんな問答が繰り広げられておりました
しかしダライ・ラマの答は一貫して
「◯◯◯はこういっています」
ときっと彼のチベット仏教の教祖?聖者?師匠の言葉の引用

ダライ・ラマともあるお方が自分の言葉は語らない
たしかにその言葉を選びぬくのはダライ・ラマだけど
決して自論は展開しない

彼はあくまで一人の僧であり、教祖ではない
ということを示していたんじゃないかなぁと

今それが自分の立場にすっとつながった

physicianになるために、ホメオパシーをマスターするということは
Hahnemann師匠に弟子入りするということ

インドではよく弟子が勝手に独立して、グルのやり方を真似たパチモンをもって、新たにグルになろうとする人がいる
そしてなんかそれを崇拝しちゃう人もいる(利用しようとする人もいる)

グルはサンスクリット語で「闇を追い払う人」という意味
本来は魂の闇とか、真理を探求する上での闇ということで「霊的な指導者」ということなんだろうけど
今ではもっと気軽に「先生」という意味でも使われているっぽい

本物のグルは真理を悟り、真理を悟ろうとする人を導くもの
たとえばハタヨガのグルであれば(うーん、この前提はおかしいのかも)、ハタヨガを通して弟子が真理を悟ることを助けていく
それがグルのmission
ハタヨガを通して真理を悟ることが弟子のmission
(そもそもyogaとはそういう意味だはず)

一方グルもどきは、たとえば権力や名声や財政力を手にいれることであったり、自己顕示欲を満たすことであったりetc.が目的で
その目的達成のために自分の知っている真理っぽいものを利用する
「真理っぽいもの」はあくまでも手段で、目的じゃない

転じてわたしが学んでいるホメオパシー

physicianとしてのmissionを果たすためにホメオパシーを学ぶ
グル、Dr. Hahnemann
弟子、わたし

ここまで書いたけど、
まだ弟子入りする門前前という気がしてきたぞ!

弟子入りさせてもらえるように、精進しますとも!
がんばりますとも!

最初は真理を探求するつもりで始めたのに、途中できっと同時に権力に目がくらんだり、なんかいろんな誘惑があるんだよね

そんなときは
「初心忘れるべからず」と昔のやまとんちゅは言っています
と思い出そう

本気でホメオパシーに挑まない限り、ホメオパシーはわたしに微笑まない
のだと思っている

 

0 件のコメント:

コメントを投稿