2015/01/30

スリランカ人のラクナさん

お部屋の引越しをしてから、なぜだか熟睡にすさまじい食欲
成長期がやってきたのかもしれません
住む環境って大事なんだな
だれと暮らすかって大事なんだな

新しいルームメイト、ラクナ
のろくてとろい、要領悪く不器用
それでもわりと愛されキャラ

スリランカには人口のわりに大学があまりないらしく、進学しようと思ったら海外進出を考えないといけないらしい
ラクナのお母さんは、ラクナが生まれて初めてその手に抱いたとき「この子をお医者さんにしよう!」と決めたそうな
ちなみにラクナとお父さんとお母さんは恋愛の末の結婚(たぶんこの世代にしては珍しめ?)

そんなラクナはお母さんと毎日5回くらい電話をしています
朝起きた時
大学にいく時
授業がおわって大学から戻ってきた時
ねる前
そのほか

ある日の電話でラクナが「今日は部屋の模様替えがあってね、まいと同じ部屋になったよ」
まい(おー!わたしのことわかるのか!)
「◯◯先輩はこの部屋で◯◯といっしょで、◯◯先輩は…」

そのあと、女子寮のみならず、男子寮の模様替えまで説明
スリランカ人の先輩だけじゃなくてバングラディッシュの先輩、ネパールの先輩についても実名を出してもれなく説明

まい「ラクナ、お母さんそんなにみんなの名前わかるの?」
ラクナ「うん、わたしがなんでも話してるから。お母さんはわたしのことなんでも知ってるよ。 毎日なに食べたかとかだれとどこにでかけたとか、なんの授業を受けたとか…」
まい「ねぇ、それってうざくないの?」
ラクナ「どうして?」
まい「日本ではある程度大きくなったらそんなにお母さんに話さないし、お母さんも聞かないよ」
ラクナ「スリランカではこれが愛情表現なの。連絡がこないと逆に悲しくなるよ」
まい「ひょえー日本と全然ちがうね」
ラクナ「でもうちのお母さんはスリランカの中でも特別なの。わたしが生まれるまで仕事をしていたけど、わたしが生まれてやめたの。ほかの誰かがわたしの世話をするのがイヤだったんだって。わたしのためにやめたんだよ。今もわたしが長期休みに実家に帰ると、たくさんお母さんお手製の洋服が準備してあるよ」
まい「じゃあ太れないじゃん!」
ラクナ「ううん、しょっちゅうお母さんが電話で太ったかやせたか確認してくれるから大丈夫」
(ラクナはコルカタにきてからビスケットの食べ過ぎで激太りした)
ラクナ「それに、スリランカから帰るときはわたしのすきな食べ物をいっぱい作ってもたせてくれるんだよ。わたしの分だけじゃなくて一緒に帰る友達の分も」
まい「お母さん空港で泣かないの?」
ラクナ「号泣するよ。弟(スリランカの大学で工学部に通うできやー)がいっつも慰めるのが大変っていってる。ふふふふふ」

(ラクナの弟は日本の工学部に入学する奨学生に合格したんだけど、姉もインドにいってしまって家が寂しくなるからとスリランカに残ることに決めたそう)

思えばラクナは自分がビスケットを食べ始めるとき、必ずまずわたしにくれようとする
ご飯もくれる
チョコのバーとかも二つにわってくれる
(そんなに物欲しそうにしてるわけじゃないと思うけど…)
チャイも作ってくれる

この前、同じ部屋の中で先輩に激謝りしていたラクナ
どうしたのかと聞くと
先輩にスプーンを貸してと言われて貸したけど、自分もチャイを作りたくて、使い終わったら返してねと言ったらしい
その一言を涙を流して悔やんでいた
「なんであんなこと言っちゃったんだろう」
わたしは目が点である
なにがいけないのか全くわからない
ラクナ的には一度貸したんだから相手に委ねるべきだ
”ものを貸す時は、あげるつもりで貸しなさい”みたいなこと?

でもあとからラクナのお母さんの話を聞いたりして、なんか今までのいろーんなことに納得

世界中、人それぞれいろんな愛し方があると思う
これがいいとか悪いとかそんなのは全然わかんない

でもラクナの話をきいて、なんてまっすぐに愛し愛され合う人たちなんだろうと思った
愛情表現がほーんとにまっすぐ
気にかかるときは電話をかける
愛しているから、ご飯もいっぱい食べさせるし、洋服も作る
涙を流して別れを惜しむ

そうやって愛されたラクナは、そうやって人を愛すことができる

ラクナだけじゃなくて、前のルームメイトの子もたしかに親に愛されているということにとんでもなく揺るがない自信を持っていた
'my father is loving me so much'

まっすぐな表現は愛情だけじゃなくて、全ての感情についてなので
やっぱりびっくりするときも未だにあるし、めんどさく思うときもある
日本人の引き算の美学、耐えて忍ぶ美しさがすばらしいなと思うときもある

それでもやっぱりラクナの話をきいてすてきだなぁと思いました

たとえばわたしだったら、そんなにしてもらうことに「申し訳なさ」を感じる
わたしのために仕事をやめたお母さん
やりたいこともあっただろうに、なんか悪いなぁ
両親を思って日本の大学で勉強するという絶好の機会をけった息子
わたしがお母さんだったら、寂しがり屋のお母さんでごめんねという気持ちに

でもラクナをみているとそんなことは感じていなさそう
「ありがたい」というよりもただただ「ありがとう」
そして純粋にその行為を「うれしく」思う
まっすぐ心に愛をためる
屈折させることなしに

インドに最初に来た時「ありがとうなんて言わないで」とよく言われたし
インド人がまったく「ありがとう」と「ごめん」を言わないことにびっくりした
でも今ならその感覚もちょっとわかる

友達なんだから当たり前じゃん
愛してるんだから当たり前

そんな生き方


マザーテレサが好んだ聖フランシスの祈りに
「自分に死ぬことによって、自分を見出し
 自分自身に死ぬことによって、永遠の命をいただくのですから」
という一節があって

若い頃はチンプンカンプンだった
でも母親の愛ってまさにこれに近いのではないかと思う今日この頃

自分を超えてだれかを愛する
無償の愛

すてきだなー
女でよかったな
そんなお母さんになりたいな

しかしビスケットの食べ過ぎには気をつけないといけないな

2015/01/27

わたしのHahnemann師匠

ホメオパシーはSamuel Hahnemannという人が産み育てた医学
ホメオパシーが生まれてから250年近くという年月は過ぎ去ったけど
わたしは今、Hahnemannが書いた本を自分自身で読むことができる(ドイツ語→英語と翻訳されてはいるけど)
わたしは、Hahnemann師匠に弟子入りしたのだということに今気付いた!
おそっ

以前、幸運にダライ・ラマの講演をきく機会があったのだけれど
講演の最後には質疑応答があって
釈迦に説法的な質問からなにから、いろんな問答が繰り広げられておりました
しかしダライ・ラマの答は一貫して
「◯◯◯はこういっています」
ときっと彼のチベット仏教の教祖?聖者?師匠の言葉の引用

ダライ・ラマともあるお方が自分の言葉は語らない
たしかにその言葉を選びぬくのはダライ・ラマだけど
決して自論は展開しない

彼はあくまで一人の僧であり、教祖ではない
ということを示していたんじゃないかなぁと

今それが自分の立場にすっとつながった

physicianになるために、ホメオパシーをマスターするということは
Hahnemann師匠に弟子入りするということ

インドではよく弟子が勝手に独立して、グルのやり方を真似たパチモンをもって、新たにグルになろうとする人がいる
そしてなんかそれを崇拝しちゃう人もいる(利用しようとする人もいる)

グルはサンスクリット語で「闇を追い払う人」という意味
本来は魂の闇とか、真理を探求する上での闇ということで「霊的な指導者」ということなんだろうけど
今ではもっと気軽に「先生」という意味でも使われているっぽい

本物のグルは真理を悟り、真理を悟ろうとする人を導くもの
たとえばハタヨガのグルであれば(うーん、この前提はおかしいのかも)、ハタヨガを通して弟子が真理を悟ることを助けていく
それがグルのmission
ハタヨガを通して真理を悟ることが弟子のmission
(そもそもyogaとはそういう意味だはず)

一方グルもどきは、たとえば権力や名声や財政力を手にいれることであったり、自己顕示欲を満たすことであったりetc.が目的で
その目的達成のために自分の知っている真理っぽいものを利用する
「真理っぽいもの」はあくまでも手段で、目的じゃない

転じてわたしが学んでいるホメオパシー

physicianとしてのmissionを果たすためにホメオパシーを学ぶ
グル、Dr. Hahnemann
弟子、わたし

ここまで書いたけど、
まだ弟子入りする門前前という気がしてきたぞ!

弟子入りさせてもらえるように、精進しますとも!
がんばりますとも!

最初は真理を探求するつもりで始めたのに、途中できっと同時に権力に目がくらんだり、なんかいろんな誘惑があるんだよね

そんなときは
「初心忘れるべからず」と昔のやまとんちゅは言っています
と思い出そう

本気でホメオパシーに挑まない限り、ホメオパシーはわたしに微笑まない
のだと思っている

 

2015/01/26

夜中の12時だよ!全員移動!

夜中の12時から行われた、寮内でのお部屋大入れ替え(ほぼ全員が部屋をchangeした)
初めての同級生のルームメイトLakna
もはや付き合いは3年目でありながら「まい、わたしの名前はLaKnaだよ、LaKUnaじゃないよ」
新しく移った部屋にはなぜか便座のない便器
露骨にselfishさを発揮するスリランカのお嬢さまたちに、負けじとselfishで対抗してしまう27歳日本人
こんなときは、本当に日本人の謙虚さとか思いやりが映えました
蚊が部屋に軽く100匹くらいいるけど、それでもなんとかなる気がするまいぺんらい!


インドのいけいけギャルダンサー
自分で練習して、自分でそのいけいけっぷりを身につけたんだって
「だから人に教えられるんだよー」とお尻をプリプリ

自分で学んでマスターしていくということは、穴をみつけては埋め、また穴をみつけては埋め…をひたすら繰り返していくということだとすると
学校や人から教わるということは、ここが穴だからこうやって塞ぐんだよと先回りして穴を埋めていくことなのかも

でも結局穴は自分で埋めていくしかなくなってくる
学校や先生は、全部を教えてくれるわけではないし教えられるわけではないから

よって理想の学校とは「学び方を教えてくれるところ」 なのではないか

わからないのを、できないのを教えてくれる人のせいにするのはやーめよっと

きっと先人のチカラや患者さんや周りで応援してくれる人のチカラをかりて、自分自身が経験させてもらうことによってしか、治すホメオパスにはなれないんじゃないかという気がする今日この頃
ポーテンシーの選択について「経験を通して学んでいくのよ」といった先輩ドクターの言葉 は、一見乱暴なようだけど、真実なのかもしれない


なんだか最近はこれまで願っていたことが一気に現実に動き出したかんじ
一気に!
ありがたいなぁと思う
しあわせだなぁと思う

頑張ろうとしなくても、やっちゃうこと、やれちゃうことがある
大学での勉強も(が)そうだったらいいんだど

大きないびきのおっとり系とみせかけて頑固なLaknaとのこれから1年(〜2年)
どうなることやら♡

〜つづく〜

2015/01/24

ナイジェリア人のオビさん

ナイジェリア人のオビさんと話していると、ビックリすることがしょっちゅう

オビさん(以下O)「この前日本人と話をしていてビックリしたんだけどね、男の人が定年退職してから、ずっと家に居られないって言うんだよね。奥さんと一日中いっしょにいると気まずいから」

まい(以下M)「そうだね。そういう話はよく聞くね」

O「ナイジェリアではね、反対だよー。旦那さんが仕事をしている間は、夫婦の時間ってあんまりないでしょ?旦那さんが退職したら、二人の時間が増えて、いろんなことを相談したり、今まで二人でできなかったことができるよね」

M「そういえばそうだね」

O「ナイジェリアの夫婦はね、その時間をずっとたのしみにしてるんだよ。それこそが一番しあわせな時間じゃない?」

なんかやられたなぁーっていうかんじ
今までインドにしろアフリカにしろネイティヴインディアンとか、後進国というか発展途上国というイメージが先行していた
でも実際にその国の人にdeepに触れると、全然違っていたことに気づく
たしかに蛇口をひねればお湯が出てくる環境ではないだろうし、電車を使ってどこにでもいける訳ではないだろう
でも彼らの文化というか生きることに対するスタンスは、日本人のそれよりよっぽど愛に溢れてて豊かな気がする
もしかして昔の日本人もそうだったのかなー?

今の世の中、ひどく、悲しいニュースばっかり
でもわたしも愛に溢れて生きていけたらいいなぁ

(ちなみにナイジェリアでは離婚率がめちゃめちゃ低いそうです。オビさんは今までナイジェリアで離婚した人に会ったことがないそうです)

2015/01/18

二兎を追うもの一兎も得ず?

かなりどうでもいいことなんだけれども

わたしのルームメイトのスリランカ人がインド人のふたごちゃんを手のひらで転がしてる
という現状が一転しまして

連日連夜携帯でどちらを怒鳴りまくる日々

日本語に訳すと「しのごの言わずに、迎えにこい!」くらいなかんじでキレている

振り返るといつか彼女は言った
「インターンシップのときに結婚するの」

「え?どっちにするか決めたの?」

「うん、将来性のある方」

それ以来、彼女のこのキレトークが始まり、さらにキレっぷりがエスカレートしているように思う

これまで絶妙なせめぎ合いで保たれていたバランスがいっきに崩れてしまったのでしょうね

怒りでは人の心はコントロールできないんだなぁとしみじみ思っちゃった
表面的には、脊髄反射的に行動に影響を及ぼすことができて
心にまでは届いていないんじゃないかと
むしろどんどん破綻に向かっているんじゃないかなんて

でも相談されるわけでもないので、そんなことは口に出せずにいるけど

怒りまくる人のそばにいて気づいたことは
怒りは伝染すること(なんでこんなキレてんだろう、ちっって舌打ちした自分に「!」)
怒りはパターン化すること
怒りはどんどんエスカレートしていく場合があること
怒ってもなにも解決しないこと

わたしも今までの人生で、ネガティブな感情を「怒り」というカタチで表現することが多かったので
寂しいとか悲しいとか疲れたとかをね
まとめて全部「怒り」で

これまで当たり散らしてきた家族にいまさら、ごめんなさい(特に母上)
(カルマ的に自分に戻ってくることに今とても恐怖を覚えている)

ホメオパシーでもインド留学でもなんでもないことだけど
I miss youとI love youが素直に言えたら、世界は平和になるんじゃないかなぁと思いました

”この世の最大の不幸は貧しさや病ではありません。誰からも自分は必要とされていないと感じることです”
ーマザー・テレサ

そういえばここコルカタはマザー・テレサが尽くした街であるのだなぁと久しぶりに思い出す

今、ここにいること、ここでホメオパシーを勉強することがどれほどありがたいことか
しあわせに思う
心の底から

さぁて、そろそろ試験モードですよ
2年目は1年目ほどあまくないそうですよ

暗記しまくって、基礎をつくる
それがわたしのホメオパシーになるんだはず

やりますとも!

2015/01/15

インドではどうしてこんなにホメオパシーが人気なのか

シリーズの途中だけど、番外編

インドではどうしてこんなにホメオパシーが人気なのかということを考えてみた

というか、ハッとするようなことがあった

インド政府から奨学金をもらっているんだけど、それじゃあどうにも足りなくて
日本からもってきた日本円をこまめにルピーに替えていたりします

両替所のお姉さんはすっかり顔なじみで、わたしがお店に入ると違う場所で仕事をしていても、両替用の窓口に座ってくれて
「今回はレートがいいといいね!」
とテキパキ両替をしてくれる珍しいありがたいタイプのインド人!

わたしがすっかり心許してホメオパシーを勉強しているというと
「インドにはね、すごく有名な病気をどんどん治しちゃうドクターがいたのよ。だからわたしたちはホメオパシーを信じているの」


今までわたしが考えていた要因は
・マハトマ・ガンディーさんがホメオパシーを推奨した影響
・ ホメオパシーはほかの医療に比べて格段に治療費が安くすむこと
・一般の人の間で「副作用がない」という認識がひろまっていること
・インドは宗教的に深い理解があって、そんなに物質主義じゃないこと
(目に見えないものの価値を自然と受け入れられるという意味)

でもそのお姉さんの話を聞いて妙に納得

世界の有名なホメオパスにGeorge Vithoulkusというギリシャ出身の人がいる
インドでも3年ホメオパシーを勉強したらしい(でも基本は自分で勉強していたらしい)
ギリシャ人は「哲学的な思考」「議論好き」なイメージがあるけど、Vithoulkusは著書の中で何回も「考えるんだ」「考えるんだ」といっています
彼の診療所には著名人がヘリコプターで診察を受けにくることもあるらしい(診療所が島にあるので)
「考えることがすき」という背景もあるのかもしれないけど、これほどギリシャ(ヨーロッパ)でホメオパシーが親しまれてるのは、実際にVithoulkusが治しちゃうからだろう

もうそれしかないだろうなぁとなんか目からウロコだったのです

インドは人口が多い上に、ホメオパシーがかなり受け入れられているので、患者数は世界でダントツだと思う
もし世界中のホメオパシーの患者さん数の割合を示す円グラフを作ったら、たぶんほとんどがインド人なんじゃないかなー
また結構マレーシアとかアメリカとか世界進出しているインド人が多いので、彼らが実はホメオパシーの知名度upに隠れ貢献しているのではないかと思ってる

というわけで、わたしは世界で最も臨床数の多いインドにいるのでした

なんて恵まれているのかしら!

「3年目ということで、ここまできたら前進あるのみです。」
だそうです。

前しか見えないぜ!

2015/01/12

ホメオパシーとはなんなのか?

たくさんの方にblogを読んでいただき、ありがたやありがたや◎
新年早々運を使い果たしたのか!?
はたまた使えば使うほどアゲアゲなのか、よく観察してこの一年を過ごしてみることにします笑

前に書いた記事にもコメントしてもらったりして、うれしい限り!
と思いきや、過去の自分の駄文っぷりに赤面通り越して冷や汗

でもあの頃の心の有り様を表しているのかもなぁと、とりあえず見なかったことにすることに決心!

せっかくだからここで一度、自分のあたまの整理を

◯ホメオパシーとはなんなのか?

ホメオパシーとは、ホリスティック(全体を診る)な医療です
かつ、代替医療であり、自然治癒力を引き出す医療である

でもこういう説明は、「飛行機とはなにか?」に対して「乗り物である」と答えたに過ぎないレベル

日本ではホメオパシーにかなり警戒心が高い
wikipediaをみた方はこ存じの通り

なぜかというとその摩訶不思議さのせいだと思う

◯ホメオパシーの不思議なところ

それはかつホメオパシーらしさというかホメオパシーたるゆえんというか
  1. 「似たものが似たものを治す」という法則
  2. 薄めて薄めて薄めたものを薬とするとこ
というこの2つ
不思議ですよねぇ
不思議というかわたしは最初完全にばかにしてました

1. 「似たものが似たものを治す」という法則

ホメオパシーの創始者はDr. Samuel Hahnemann(サミュエル ハーネマン)という7言語を余裕で扱ったという西洋医学を学んだお医者さん
ホメオパシーの誕生は今からおよそ200年前
その当時の医学は治療の方法が確立していなくて、たくさんの治療法をそれぞれが好き勝手試すという混乱した状態だったと
それにがっかりしたハーネマンは医師として臨床にあたることをやめました

ある日翻訳の仕事をしていたハーネマンは薬辞典に「キナの皮はその苦さと胃への強壮作用からマラリアを治す」という記述を発見
それに納得のいかないハーネマン
自分でキナのジュースを飲んでみることに
チャレンジャー!
するとまるでマラリアになったみたいな症状が次々と!
これはハーネマンにとっても意外な展開
それ以降、いろんな人に協力してもらって次から次へと同じような実験を試しみることに
その結果ハーネマンは一つの結論にたどり着く
「健康な人が”ある病を治す薬”を摂取した場合、その病と似たような症状を引き起こす」

これが「似たものが似たものを治す」という法則

でもこの法則自体の発見はもっともっと古くて、医学の父とよばれるヒポクラテスさんがすでに彼の著書の中に記しているそうです
それはなんと紀元前370年くらい前にさかのぼるとのこと!
といっても日本人のわたしにはキナもマラリアもぴんとこない。。。

これまでのわずかな経験を振り返ってみると
・喉が痛いときに、さらにヒリヒリするようなネギを巻くというおばあちゃんの知恵
・寒いときに滝行をすると直後はめっちゃ寒いけど、あとからじわじわ体があったまってくる
・失恋して落ちまくってるときは、失恋ソング、悲しい映画のほうがいやされる
(さらに言っちゃうと、恋愛うまくいってる友達よりも、悲惨な友達の慰めのほうが助かる)
・日焼けをしたときは、冷たい水で冷やすより、やけどにならないくらいの熱いお湯をあびたほうが、痛みのひきが速い
ということでしょうか

◇なぜかというところにさらにつっこんでみると

それは薬の作用(反応1)と人間のVital force(バイタルフォース)というものの働き(反応2)との相互作用によってです

はてVital force(バイタルフォース)とは、これまた新しい概念かと思いますが、自然治癒力とか生命力とかそんなイメージで◎
ホメオパシー的には「有機体である肉体に命を吹き込むもの」「Vital forceなしでは、肉体は、感覚と機能と自己保存能力をもたない」というようなものです
(§9,10)

たとえば、ここでは薬の作用が「便をかためる」というものであるとすると

一般的な西洋医学ではこの薬をどんなとき使うか?
下痢のとき!

でもホメオパシーでは逆に、便秘のときにこの薬を使います

「便をかためる」薬をとる
  ↓
(反応1)薬の作用で、便がかたまる
  ↓
  ↓西洋医学的にはここで「下痢が治った」
  ↓でも反応はここで終わらずに
  ↓
(反応2)Vital forceは便がかたまってはやばいと、薬の作用に対抗して必死にやわらかくする
  ↓
便が薬をとる前よりやわらかくなる
  ↓
お通じがよくなる
  ↓
「ホメオパシー的治った」
(§63-65)

よく考えてみるとこんなことがありました
疲れてるけど頑張らなきゃいけないときに栄養ドリンクを飲んでいたら、最初は一番安い◯ポビタンDでよかったのに、だんだんと効かなくなってきて、最終的に一本1000円くらいするやつに手を伸ばしてしまった
しかもお母さんに買ってもらった

頭のフケがひどいから「フケ防止」をうたうシャンプーを使ったら、フケがもっとひどくなった

悲劇!

Vital forceの働きっていうのは、たとえばケガをしたときにはっとすることがある
この歳になっても生傷絶えないわたしですが、傷はいつの間にかちゃんと治ってる
爪が半分くらいはがれちゃったときも、もうきれいな爪が生えてこないのではないかと
嫁入り前なのに!
でもいつの間にかちゃんと元通りまっすぐ平らな爪が生えてきて。。。
お嫁いけます!

人間には自然治癒力というものがあって、いつも体は良くなろうとしているんだなぁと
それが結果として現状維持にとどまる場合もあるし、年をだいぶ重ねたら現状維持すらままならなくなるだろうだけど
それでも人間の体内では常にすさまじい数の細胞がもくもくと修復を繰り返している
そして体は常に自己ベストの健康な状態に戻ろうと努力している

なので「病気の症状に似た症状を起こす」薬をとると、本質的な根本的な治療ができる

かといって西洋医学はダメ!とかいうことではなく
ホメオパシーの薬が働くまでに十分な時間が確保できない場合(今にも死にそう!)とか
患者さんがどんな症状なのかを把握できないとき(突然目の前で倒れた!)とか
毒物をとってしまったときとか
不治の病
である場合は、西洋医学の薬によって症状を緩和、軽減させることが有効
(§67 foot note 1)
それにホメオパシーに手術という選択肢はないので、そんなときは完全に西洋医学さん!
なおかつホメオパシーの薬で、傷が膿むことを予防したり、骨折の場合は骨が元に戻る速度を速めたりに使える

西洋医学とホメオパシーはお互いの苦手を補い合えるのではないかと思ってます!

これぞ理想の夫婦像!

とりあえず今日はここでおわろうっと!
次がさらに理解難解!ちんぷんかんぷん!てぃんぶどんかんぶどん!

〜 ホメオパシーとはなんなのか?2につづく〜


【参考文献】
Organon of medicine by Samuel Hahnemann


 A treatise of  Organon of Medicine by Dr. Asok Kumar Das
(↑コルカタではOrganonの試験用に参考書的に使われている本。先生たちには読むなと言われているやつ)

2015/01/07

これからインドにくる女の子へ2

インド特にコルカタについて、書いても書いても書き足りないくらい

危なくもある
でも同時にわたしはたくさんのものをここでもらってる
現在進行形で学んでいる
日本では絶対学べないこと

気軽に「危ないからやめたほうがいい」とも「気をつければ大丈夫だから」とも言えない
ここまで自分が無事過ごしてこれたことが、すごく奇跡的なような気もする
同時に全て必要なことが起こったというか、起こったことから学んで、それを積み重ねて、今こうして無事過ごせているような気もする

もう少しわたしが実際にインドでやってみていることshareさせてくださいね◎

コルカタ上級者にみせるための15のテクニック

  1. チャイとか屋台でのお支払いは基本的に食べてから
  2. タクシー、リキシャ、オートリキシャに乗る前に必ず値段交渉を行う(コルカタ内であればタクシーで片道400Rsを越えることはない。夜は値段が上がる。一時間弱で高くても250Rsくらいかな?うまく値切れなくても、多少はインドに寄付するつもりで◎)
  3. 乗り物が到着地についてから、財布をごそごそ出してお金を準備するのではなく、着く前に交渉済みのお代を手に握っておく。ドライバーさんに財布の中は絶対見せないこと。(着いてから値段を吊り上げられる隙を与えない。彼らは言い訳上手。)
  4. タクシーに乗ったとき、GPS機能が使えたら、mapで目的地にちゃんと向かっているのか時折確認する。(メーター料金の場合は遠回りして稼がれる場合もなきにしもあらず)
  5. バスや電車では、女性専用車両もしくは優先席が必ずあるので、そこに座る。男性が近くに座ってくるのは、インドでは不自然。さっと場所を移動しよう。
  6. クラクションを鳴らされたら「邪魔だ!」と言われてるのではなくて「今から近くを通るから気をつけてね」と言われているのだと解釈する
  7. エレベーターの中で、男性と二人きりになるのは避ける。なりそうな場合は、早めに降りて階段とかね
  8. どこにいても逃げ道を確認しておく。逃げる算段をイメージしておく。(レストラン、乗り物の中は特に)
  9. 日本から鍵を持っていく。宿の鍵があっても、外出時など外から鍵がかけられる場合は自分の鍵を使おう。
  10. 「Where are you from?」と聞かれたら最初はとりあえず「ナガランド」と答える。(インドの北東部はモンゴロイド系なので、たとえ相手のインド人が真に受けなくても、インドのことを知っているのは伝わる)(他の選択肢としてはミゾラム、アッサム、マニプールなど)
  11. 左手の薬指になんでもいいから指輪をしておく。なにか聞かれたら、それをおもいっきり見せる。(結婚していると気付くとあきらめることが多い。)
  12. 爪は伸ばさずに短めに切る。コルカタにいると爪の中が無性に汚れるし、カレーを手で食べる時も、遠慮なく食べられる。(ちなみにインドの女の子はマニキュアを左手にしかしないことが多い。右手は食べる手だから?)
  13. インド人がインドの言葉でペラペラ話しかけてきたら、「ハァハァ」「ティケティケ」といって首をこまめに横に振っておく。それで形式的にだいたいの会話が成り立つ。インド人も満足して去っていく。(ただ質問された場合は。。。)
  14. 値段交渉は半額から!500Rsといわれたら250Rsから始めよう。その前に、周りの人たちがどれくらいの値段で買っていくのか、言葉がわからなくても行き来するお札をしっかり確認。
  15. バクシーシを求められたら、1Rs or 2Rsのコインをさっと渡す。(頑なに渡さない日本人をよく見かけるけど、インドではインド人が結構バクシーシしてます。それも超お金持ちじゃなくてふつうの人たち。最近のコルカタでは一人にバクシーシした途端に群がられるということはほぼない。日本円にしてたった2円とか4円。おみやげ代をしっかり値切って、ローカルの人たちに還元したらすてき♡)


きっとインドにいきたい気持ちはなくならないだろうし、どんなに犯罪者がつかまってもインドは変わらないだろうと思う
ちょっと痛いめ、ちょっとぼられる、そういうのを繰り返して身をもって学んでいけたらいいんだろうけど。。。
そのためには、少しずつチャレンジしていくのが大事な気がする
最初は警戒心max、慣れてきたらちょっとゆるめる、痛い目にあったらゆるめていい限界を知る
最初っからmaxゆるめていたら、あう痛さもmaxかもしれない
旅も加減がきっと大事

実り多き旅を◎

2015/01/04

これからインドにくる女の子へ

インド、それもわたしの住むコルカタでいたましい事件が起こってしまいました
http://www.huffingtonpost.jp/2015/01/03/japanese-women-abused_n_6409592.html
http://epaper.telegraphindia.com/details/129257-164320140.html
(↑こちらのインド記事には犯罪の起こった場所がサダルストリートであることが明記されています。)

コルカタはインドの中でも性犯罪の多い都市だそうです

これまでコルカタで生活してきてわたしが気をつけたこと、学んだことshareしたいと思います

インドで性的犯罪の被害者にならないために、気をつける16のこと
  1. 観光地ほど危険度が高いことを忘れない(サダルストリート、ブッダガヤはインドの中で危険度最強)
  2. 日本語を話すインド人には”絶対に”ついていかない
  3. インド人の話す日本語には反応しない(目も合わせない)
  4. 自分も日本語は話さない(現地の言葉をしゃべったほうがカモられる可能性も下がる)
  5. 愛想は振りまかない、笑顔でこたえない
  6. しつこいとき、うざいとき、めんどくさいときはどんどん無視する
  7. それでもインド人に「悪いなぁ」と思わない(I'm sorryは禁句)
  8. インド人を友達認定するのは1年付き合ってから(5分話して友達と思わない)
  9. 観光地で商売しているインド人のことは信じない(インド人同士でも「インド人のことは信じない」と言うくらい)(日本に友達がいるとか、日本で勉強したことがあるとか証拠品を見せてきても、真に受けない。むしろ余計怪しむこと。)
  10. 観光地で商売しているインド人におごってもらったり、親切にしてもらった場合、それは100%見返りを求めているからだと認識しておく。必ず背後に彼らの思惑があるはず。 
  11. 自分もうそをつくことを悪いと思わない(素直に日本人であることを話す必要は全くない!)
  12. 生足は”絶対に”出さない(インドにおいては”レイプしてくれ”といっているようなもの)胸元も出さない(谷間は大事にしまっておいてください)
  13. 化粧もしない(化粧をしていると日本人だとバレやすい)
  14. インドの女の子がしているような格好をする(最低でもストールを首もとにまく)
  15. 日が沈んでからは、一人で出歩かない
  16. 「自分は大丈夫」という思いは捨てる
(追記:インドの若い女の子たちは上記のこと以上に気をつけて生活をしている)

こんなに書くと、インドはなんて自由の少ない国だろうと思う
日本で普通にしていること、当たり前なことが全然できない
こんなに細かいことにも気をつけなきゃいけないのか
それじゃ全然たのしくないよ!

そんなことはない

インドの格好をすること、インドの言葉をしゃべることは、インドという国に敬意を払うことでもある
ほんとの友情を育むのにリスペクトは必要
露出やおしゃれ、美しさは不必要
始めは無愛想に接していても、相手のことをきちんと理解してから、かたい態度をほぐしていけばいい
インド人はそんなに過去のことにこだわらないから、ちゃんと水に流してくれる

自分の身を守ることができて、初めて旅は旅として成立するはず

インドで騙された、危険な目にあったという話はほとんど”the観光地”で起こること(コルカタ、ブッタガヤ、バラナシ、アグラ等のさらに外国人向けの安宿があるところ)
冷静に考えてみると、観光地というのは”インドのルール”に慣れていない外国人が入れ替わり立ち替わり集まってくる場所
そういう人を狙ってお金を稼ごうとするインド人が、この広いインド中から集まってくる場所(それも特に物質的に恵まれていない地域から集まってきている)

観光地で外国人を対象にビジネスをしている人は、例えるならものすごくお腹が空いている人
そこに無防備に現れたおいしそうな食事、それが日本人観光客
アルコール中毒者へのアルコールでもヤク中の人へのクスリでもいい
表現きついけど、それくらいのことだとわきまえていれば大丈夫だと思う

インドは日本といろんなことがちがう
日本人のわたしからするとほぼすべてがちがうと言いたくなるくらい
「YES」のサインで首を横にふるインド人
夏のあとに梅雨の季節がくるインド
目立ちたい人とそうじゃない人の割合も日本とまるで逆

バスケットボールの試合に、ラグビーのルールを持ち込んで
「ボールを持って走るのは正しいんだ」といくら訴えたところで、どうにもならないように
インドにきたらインドのルールに従うしかない
どんなにインドのルールが「おかしい」「正しくない」といったところで、インドは変わらない
実際に「おかしく」て「正しくなく」ても

そういうことが起こってしまってから、どんなに相手をせめても、相手がどんな処罰を受けようと、自分がおった傷は消えないから
自分の身は自分で守るしかない

かくいうわたしも、一度怖い思いをしたことがある
夜の9時頃、コルカタのソルトレイク(コルカタの中では高級住宅街とされるところ)を一人で歩いていたところ、後ろからやってきた自転車に乗った男に左胸をつかまれた
自転車はそのまま過ぎ去っていった
周りに誰もいなかった
とっさのとき、声はでない
恐怖で猛ダッシュで家まで帰ったが、あとからそれだけで済んで本当によかったと思った
以降、夜遅く一人で徒歩ででかけることは絶対にしない
  
かといって、そんなことがわたしがこれまで経験したインドの全てではもちろんない
だったら間違いなく、もう日本に帰っている

観光地で仕事をしている人がインド人の全てではないし
観光地で起こることがインドの全てではないように

観光地もインドの一部、観光地の外もインドの一部

インドを表現するのにいろんな形容詞があるけれど
わたしは「玉石混交」であることをすごく感じる
ものすごい大金持ちからものすごく貧乏な人
ものすごく霊性が高い人からほとんど動物と変わりのない人

なにをみるのか
なにに出会うのか
なにを信じるのか
感性が試される場所なのかもしれません

特に普段日本では使わないような感性を
道を歩くときは「交通ルールに従うマナー」ではなくて『機敏さを』
買い物をするときは「予算との兼ね合いを計算する計画性」ではなくて『自分がこの商品にいくらの対価を払うのかという見極め力』を
etc.
まるで普段使わない体の筋肉を使うように、インドでは日本で使わない感性や感覚をフル稼働させないといけない

そんなインドです

最低でも英語で自分の意思表示はできないと、インドで危険な目にあう可能性は高くなるだろうと思う
アメリカ人みたいにペラペラ話せる必要は全くない
でも自分がなにがしたいか、どこに行きたいか、たどたどしくても英語で話すこと
その意志があること
それができないなら、グアムとかハワイとかにいったほうがいい
「全然英語話せないけど大丈夫だったよー」その人が大丈夫でもほかの人が大丈夫である保証はないのだから
せっかくインドにきてるんだから、是非にこてこてのインド英語をたのしんでいってくださいな◎

わたしはそう思います


日本人の女の子だけに限らず、インド人も含め世界中のすべての女の子がこんなひどいめにあわないように、心から祈ります
そして、すでに被害にあってしまった女の子の傷が癒えますように。。。

2015/01/01

芽がでた種

インドで過ごす年越しも3回目
2014年は、コルカタ在住の日本人の方々と過ごさせていただきました
とっても居心地のいいおうち、お出汁のしみた煮物、おそば、日本語での会話、それから紅白!

インドにきて、インドの学生level(わたしの想定するところ、インド中の下くらい)のくらしから始まった1年目
これから起こることのなに一つ見通しが立たなくて
起こってからも、その展開のすべてにびっくりで
”ドキドキハラハラ”なんてかわいいものではなく、”ヒヤヒヤバクバクチーン”
不本意不条理わけわかめが基本
とにかくやり過ごすことでいっぱいいっぱいにも程がなかった1年目

ようやく一通りの見通しがついて、状況が把握できて、それをどうにか変えようともがいた2年目
しかし偉大な国インドはわたしごときではぴくりとも動かず
忍耐、忍耐、また忍耐
体の生理作用まで忍耐しちゃって、6ヶ月も月経が止まり、劇太り
先生たちのやさしさか!?同情点でなんとか初めての試験を合格した2年目

寮もInternational hostel(インド的中の上)に移り、念願のスクターも本棚もgetしてなんだかそろってきた3年目
それなのになんでつらいんだろう?3年目

 そんなときにイギリスで子ども時代を長く過ごした友だちがくれた言葉
「3年を過ぎれば、住めば都になるんだよー!それまでは、イギリスの空がずっとくもってることに怒っていた。なにかにあたりたかったんだよね。外国に暮らすモヤモヤとしたつらさを。 でも3年をやりきると、そこからたのしくなるよ。かえって日本に帰ると寂しくなるくらい。だから今まいちゃんはつらさの最終コーナーにさしかかったとこだよ!もうあとちょっと!」

これまでの2年間、なぜかコルカタ在住の日本人とはほとんど交流してこなかった
実はコルカタには100人くらい日本人がいるとか!
(インド人男性と結婚した奥さま方←nuff respect、日本領事館や企業にお勤めの方とそのご家族など)

最近あまりの恋しさか日本人会に参加させていただいたりして(餅つき大会毎年やってるそうです)
日本人の方とお話をする機会をいただいて(文調がインド人に対するものと違いすぎ?笑)

クーラーがあっても、上の中のおうちに住んでも、乾燥したまま一部始終を終えられるトイレ常備でも、専属ドライバーさんがいても、家族がすぐそばにいても、お金の心配とか一切なくて、一人になれる部屋があっても
インドで暮らすことは大変だそうです

インドにいて
クーラーとネット環境と一人の時間さえあれば、なんにも困ることはないだろうと思ってた

だからそういう暮らしをしている人たちを、いいなぁと思ってた

でもほったて小屋で家族でチャイ屋さんをやるインド人家族をみては、生きる意味とか自分探しとかなさそうで、いいなぁとも思った

どんな環境でどんな生き方をしても
人生は大変

たのしいだけの苦しみがない人生なんてありえない
だからわたしたちは生まれてきているわけで

それぞれがそれぞれの課題をもらって、与えられた環境で生きている

不満を言おうと思えばどんなことにも不満は言える
ルームメイトの髪の毛、部屋に落ちすぎ!
インド人わたしに話しかけすぎ!

もっと快適を求めたらきりがない
一人部屋がほしい
お風呂に入りたい

今は、始めの頃に比べたらだいぶ良い生活環境で、勝手がわかりつつある暮らしをしているからこう言えるのかもしれないけど
「知足」
ということが、ようやく身をもってわかってきたような

苦しいけどどうにも変えられない環境にいた最初の2年間
何度も自分にいった
「これは今のわたしに必要なことなんだ」
「これを乗り越えて、よりよくなるんだ」

インドはまるで、わたしの弱点を全部お見通しな意地悪な先輩ように
弱いところをつついてくる
あれもこれも、これでもかというくらい
しかも逃げ場がないのを知っていて

今ようやくこの環境で足ることを学んだ気がするということは、
ひとつの試練をこえられたのかもしれないなぁと

あたたかい日本人のみなさまに囲まれて過ごした昨晩
なんだかしみじみとしました

インド先輩、厳しかったす!スパルタすぎっす!
今でも思い出すと、涙が止まりません

3年目
まだまだ勉強が全然ついていけなくて、できなさ加減に悔しいこといっぱいだけど
それでも最近ホメオパシーを通じて、人の役に立てそうだったりとか
インドでホメオパシーを学んでいる成果を認めてもらえることがあったりとか
自分の思い描いていることが少しだけど現実にカタチになったりとか

なんだか創造的な1年になりそうな予感の3年目

インドという分厚くて硬い土の奥深くにうめられた種が
ぽんっ!
ようやく日の光をあびたような気がします

といってもやっぱり全然まだまだなので、
太くて丈夫な根を深く深く伸ばし、
インド人のしつこさにも負けず、インドの不条理にも負けず、梅雨にも夏のくそ暑さにも負けず
上に上に、光のほうへ
いつか患者さんの治癒という花を咲かせて
日本に確かなホメオパシーという種をまけるように

2015年はりきってまいります!

みなさん、今年もどうぞよろしくお願いいたします!
世界中のだれにとってもあったかい年になりますように

Bless yourself because Guru and God have already blessed you.