2014/06/29

ホメオパシーってなに?(1)

気合いを入れたところで
ていうかいつも気合いを入れるかぐちるばかりで
勉強してるのか心配になったみなさん、大丈夫!不安なのはわたしもいっしょです

「ホメオパシーを勉強している」とわたしの口から告げられて、wikiってくださった方たくさんいると思います
目を通した後に、はてなでいっぱいか、ますます不安になった人が多いはず
どうやらwikipediaはホメオパシーのことをまだまだ知らないらしい
少なくともわたしよりは!

ということで、インドナンバルワン[No.1]の有名ホメオパシーDr.、世界でだって有数の
Dr. Rajan Sankaran(ラジャン サンカラン)の著作
「THE SPIRIT OF HOMOEOPATHY」
より「ホメオパシーとはなにか」という部分を何回かにわたって、翻訳し紹介してみたいと思います!
(はい、結局引用です)

--翻訳start------------------------

ホメオパシーってなに?

 ホメオパシーとは、ドイツ出身の名高い治療家である、サミュエル・ハーネマン医師によって築かれた一つの医療体系である。それは「似たものが似たものを治す」という原理にのっとっている。実際にそれが意味するのは、ある薬が健康な人間に投薬されたときに、一定の症状を引き起こす能力を持つとき、それと似たような症状を示す病気を治す能力があるということだ。

「似たものが似たものを治す」


 例えば、もし健康な人が一服のヒ素を服用したとすると、彼は吐き気、重湯のような下痢、頻脈、衰弱をもよおすだろう。彼の皮膚は冷たくなり、表情が不安げになる。少量もしくは長期間の服用では、鼻水がたれ、重い頭、咳や気管支カタルを患うだろう。後に、特定の皮膚と神経の不調を訴える。彼は体中に灼熱感を感じ、それら温かさによってマシになり、度々水をひとすすりしたくなり、死を恐れ、休まることはなく、病状は正午と深夜に悪化するだろう。

 ホメオパシーの原理「似たものが似たものを治す」によると、このような症状を抱える無数の患者たちが、Arsenicum[ヒ素を希釈して作られたホメオパシーの薬]によって治っている。病名(コレラ、風邪、湿疹、喘息)にかかわらずとも。この原理は、古代のインドの詩人カヴィ-カリダサによって言及されている。
Shruyate hi pura loke, vishaya visham aushadam.
訳すと、「世界中で昔から毒をもって毒を制すと言われてきた。」ヒポクラテスはこの原理を「similia similibus currentur」(似たものは似たものによって治される)と仮定した。

 ホメオパシーの実践は、確かで基礎的ないくつかの原則に基づく。第一に、ホメオパシーで使われる薬[日本ではレメディーと呼ばれているもの]は、その薬が引き起こすことのできる症状がなんであるか調べるために、人間の有志者(証明者)のもとにテストされる。証明者によって体現されたそれぞれのレメディーが引き起こす症状は、その詳細を正確に記録され、その記録がホメオパシーのマテリアメディカとなる。患者が抱えている症状と、マテリアメディカに記された様々なレメディーのうち、最も患者の症状と似ている症状を引き起こすことのできるたった一つのレメディを探し出すのだ(似たものが似たものを治す)。

--翻訳end------------------------  

注)
[]の中は、わたしからの説明です
マテリアメディカとは薬物辞典のようなもので、英語の意味としてはホメオパシー限定のものではありません。大学では一つの科目として、1年生から4年生まで学んでいきます。 

2014/06/27

新学期の決意、それから覚悟

初めての進級試験を終え、約三ヶ月の長期休み
インドに留学してから1年半
その間一度帰国していたものの、その時はすっかりインドでおったダメージを引きずっていたので、ぼーっと過ごしてしまい
今回は少し勉強への自信も取り戻せたこともあって(つまり自分への自信)
意気揚々と帰国
1年半できなかったことをやりまくるぞと
ごらんになったかたはご存知の通り
寝る時間を削り、移動は基本小走りで
いろんな人にお世話になりながら
やりきれました!

のつもりでインドに戻って
たった三ヶ月の間にすっかり日本人になってしまったようで
インドのすさまじさに
まず愕然の
ここでただ生きて生活してこれたことに奇跡すら感じる始末

ほんとのことを言うと
空港に向かうバスの見送りにきてくれた、みさちゃんとまみちゃんと別れるときに
涙を流しちゃうくらい
インドに戻ってくることは葛藤で

日本にいれば
そこそこお金も稼げる
着たいものを着て、食べたいものを食べて
ケンカしながらも家族と心地よく生活し、だいすきな友だちとあそべて

インドにいて辛く感じてきたこと
この歳になって、たった日本円にして180円のアイスを食べるかどうか真剣に悩んだ末にあきらめたり
網戸もない
クーラーましてや除湿器もなく、寝ても疲れなんかとれない
ていうか暑くて眠れない
妹よりも年下の女の子たちにみだしなみのご指導を頂いたり
毎日15回くらい同じ質問に答えたり
授業だって正直おもしろくないもののほうが多い
ていうかまだまだついていけない

インドにいる間、何度も何度も思った
こんなところでわたしはなにをやってるんだろう
なんのためにこんな苦しんでんだろう

日本にいる間も思った
こうやってもう少し過ごせたらいいのにな
どうしてインドで5年半を過ごすことを選んだんだろう

「インドどう?」ってわたしに日本で聞いてくれた人たちもきっと思ったよね
そんなにつまらないなら、どうしてそこまでしてインドにいるのって

”自分のチカラで抗えない大きな意志に導かれて”


インドに戻ってきてから、この長期休みを総括するように母と話をしていて
「自分をもっと大事にしたらいいんじゃないかと思ったよ
 ほんとうにやりたいことはなんなのか」
とのお言葉をいただき

考えてしまったわけです

本当にやりたいことって?
いつだって本当にやりたいことをやっていたるもりだけど?
今だって?
本当に?

今考えてみれば当たり前だけど、
25歳からインドに乗り込み、最短で5年半の大学生活
それも貯金ゼロむしろマイナス
そのチョイスは当然お年頃の子たちが悩んでいくような
結婚とか出産とか就職とかそういうものを選ばないという選択なわけで

わざわざインドにこなくてもホメオパシーの勉強はできる

女の子が夢見る年相応の人生の出来事をいったん(もしくは一生)道の端っこにおいてでも
ここにきたのは?

たしかにインドでのホメオパシー留学が決まったときは
なにか大きな意志が働いていると感じずにいられないくらい
すごくスムーズで止まらない勢いにおされ
言葉にするとcheapだけど
運命的なものすら感じてしまって

だけど最終的にインドでホメオパシーを勉強することを決めたのは
わたし
父でも神さまでも、だれでもなく
わたし自身

この人生でなにがやりたいのか
夢みたいなものをどっかで放り投げてしまって
それでも適度にお金を稼ぎ、適当にたのしく過ごしたインドにくる前の2年くらい
人生の大先輩に言われた言葉
「おまえこんなところで こんなことしてる場合じゃないだろ」
ずっと胸に抱えたモヤモヤ爆弾に火をつけてもらって

ほんとにやりたいことは
モヤモヤを抱えながら、なんとなく生きることではなく
ちょっと苦しくても、多少劣悪でも、この魂をもやして生きること

それができると信じて選んだ道
この道
わたしが選んだ道
最高に魂もやして生きていけると信じられた道

人を救うためじゃない
わたしはわたしを救うんだ


そのためにここにいるんだ
それがわたしのやりたいこと

意地を張っているのでもなく
カッコつけてるのでもなく
今改めて素直にそう、心から思います

若さゆえかあほさゆえか1年半前にはわからなかったこと
実感をもって今わかったこと

改めて決意と覚悟。

わたしここでがんばります!
まだまだ弱気になったり、グチることも多々あると思いますが
この道を信じて
この道を選んだ自分を信じて
その先にある最高に笑顔はじける未来を信じて
がんばってきます!
もとい、たのしんできます!

これからもやさしい応援とあたたかい励まし、どうぞよろしくぴょーん!

2014/06/22

日本の余韻


この日本で過ごした3ヶ月の間に
わたしはすっかりちょっと変わった日本人に戻ってしまったようで
インドでも戸惑うことばかり
こんなに穴ぼこばっかりだったけとか
こんなに物珍しがられたっけとか
こんなに汚かったっけとか
こんなに危険を感じたっけとか
こんなに露出しちゃいけなかったけとか
生きることに
持ち得る全ての注意力と集中力と寛容な心をつかうかんじ
ただ道を歩くということだけでも
よくこの1年半をなんとかやってこれたなと
それを奇跡に感じ
これから4年、それをたのしみきれる奇跡を祈ります
一歩すすんで二歩下がる
ような
成長したと思ったら、後退したり
そんな歩みだけど
二歩下がったあとの一歩は、前よりも力強く軽やかで迷いのないものになっているはず
改めて
自分がどんな人生を選んだのか
それはどういうことなのか
口先だけじゃなくて、肝に据えることがようやくできたような気がする
人生きっとこんな時があってもいい
やりたいことは惜しみなくやるけれど
なによりもhappyなのは
だれかを想い、行動できること(行動しないということも含め)
それを忘れず、我だけにならず
今日も笑っていきましょう
わたしの選んだここINDIAで