2018/02/06

LMポテンシー

わたしのホメオパシーに対する知識と感覚は、完全に師匠とわたしが通う大学(National Institute of Homoeopathy、通称NIH)由来なので
インターンシップで外部の病院に勤務するまで気付かなかったのですが、こんなにLMポテンシーを常用しているのは、コルカタ内でもNIH卒業生ぐらいらしいのです

そこで、日本でもあまりなじみのないであろうLMポテンシーについてまとめてみました

主にNIHの薬学の授業(1年生の必修科目)で使われている薬学の教科書
の抜粋を翻訳し、少しわたしからのコメントを加えています

学術文書として、わざと「レメディ」ではなく直訳の「ホメオパシー薬」と表記しました

異なるホメオオパシー薬の調合方法
(↑dropboxのリンクに飛びます)

翻訳ミス、誤字脱字、よく分からないところなど、ありましたらお知らせください^^

2018/02/04

一処方入魂

わたしが勉強する機会をもらっているインドの患者さんたちは
携帯電話を持っていたとしても、スマフォではないタイプの電話で
簡単にやれFBだ、やれIGだ、やれLINEだのでつながることはないので

「あー、あの処方、こうしておけばよかった。。。」
と家に戻ってきてから悔やんでも、どうすることもできない

今回の分の処方が終わって、また自ら診察に来てくれることを祈るのみ

まさに
一処方入魂

受付のお姉さんに(おばさんと呼ぶと怒られる)適当に振り分けられて、わたしのところにくる患者さん

良くなって来なくなることもあるし
全く効き目を感じなくて来なくなることもあるだろう
また会えるかどうか分からない
様子を尋ねるために、連絡のしようもない

インドにいながらにして日本に生きているようなところがあるわたしは
正直携帯電話とネットコネクションはマストアイテムで
一日の時間をどれほど、そのネットの繋がりに費やしているか分からない
もちろんそれで助けられることはいっぱいあるし、いっぱいあった

インドではその場で薬を選んで処方するということが基本で
また患者さんは次から次へとやってくるので
最適な薬を選ぶために悠長に調べ物をしている時間はそれほどなく(わたしはそれでもしている方で、患者さんに急かされることもしばしば)
ましてやラップトップの助けを借りて薬を選ぶ習慣が、特にここコルカタではほぼ皆無なので
これまた出るとこ勝負というか

その診察の瞬間までに、どれほど勉強してきたか
どれほど自分の身になっているか
その成果をその数分の中で出し切っていく

どんなに長い問診をしても、どんなに丁寧な触診や聴診をしても
わたしたちには処方箋が全て
大げさなようだけど、全てはその処方箋を書くまでの道のりで

さらに結果が全ての世界であるとも思っている
それは治る、治らない、良くなる、ならないということもだけど、患者さんやその家族が治療を通してどのような印象を受けるのかということも含めて
今のところ生まれた以上、肉体の死は誰にも避けられないことなので

言葉たどたどしくしかコミュニケーションをとれないけど
またいつか会えるか会えないのかも分からないけど
人生のほんの一瞬しか共有しないけど
その時に目の前にいるこの人たち
その人たちをとても大切に思う

 一処方入魂

そんなTシャツでもあれば月曜日から来て行きたいくらい、そんな気持ちであります

2018/01/14

満を持す

食べ物をシェアするために使った小皿がスリランカの友人から戻ってこないこと、はや3週間
その間、あれ彼氏がわたしの小皿使ってご飯食べてるよね?
そろそろ返してって言おうかなぁ
もしかして皿ごともらったと思ってる?
みたいな思惑を経つつも、なんとなく放置していたら

「あなたのためにちょっとこしらえたわよー」とお皿と一緒にスリランカンスイーツ

わたしがインドで学んでいるのは、こういうことかもしれないなぁと
徳川家康精神
満を持す
ベストを尽くして結果は委ねる

すでに帰国モード気味で、振り返りが多い近頃ですが
ここまで、わたしはインドで青い鳥を探し求めていたんじゃないかという気がするのです
それも直接見たことのある青い鳥ではなくて、何かで読んだのか、人から話を聞いたのか、本当にあるのかないのかもわからないような青い鳥

それを自分探しと呼んでもいいような気もするし

未だにはっきりとした表現を持たない曖昧な放浪だったように思うのですが

青い鳥のお話と同様に、放浪の終わりは、「ここにあった」

というかそもそもが探し求めるものではなかったのじゃないかという

だからと言って、この放浪が無駄だと思うこともなく、時間がかかり過ぎたという後悔もなく

すっきりとエネルギーを使うベクトルを変えていけるようになりつつあるような

まだまだ過程にいるので、言葉が泳いでいますが

こんなに贅沢に存分に放浪させてもらえたこと、ありがたいなぁと振り返りつつ

もしかしてあんなに嫌いだったインドを恋しいと思う日が来るような気がしてならない今日この頃
 

2017/12/26

奇跡のような毎日

元ルームメイトに言われました
「didi(hindi語でお姉さんの意)、試験前はそんなに勉強してなかったのに、インターンシップが始まってから勉強忙しそうですよね」

勉強してますアピールから始めます
2017年の締めくくり!

というのも、ほんとになぜ試験をパスできたのか謎なくらい、ほとんどついていけてなかった特に一年目の解剖学と生理学。。。
臨床始まって、その医学の基礎知識の大切さが日々痛いほど身にしみてます。。。

というのも、インドではホメオパシーはほんとにほんとの医学として人々に認識され、実践されているので
「まじで、これもホメオパシー?しかもインターンのわたしが診るの?」
な症例がたまにやってきます

わたしが通う大学National Institute of HomoeopathyはKolkataの行政区?のようなところにあって、診療は最初の登録料5ルピー(約10円)のみ、あとは薬代も含めて無料!
Instituteなので、研究機関でもあるようです
Materia Medica科の大学院の先輩たちは、Materia Medica Puraに記載されてある症状が実際に臨床で効果が得られるのか、やってくる患者さんで検証中だそう
Pharmacy科ではこの前Drug provingもしてたようです

そう、無料なので、なのか他に理由があるのか、患者さんはWest Bengal州の方々からやってきます
時にバングラディッシュからとか、列車で5時間かけてやってくるとか
外来は午前中しかやってないので、前の日入りして学校の敷地内で野宿して待つとか
そして患者さんのほとんどはたぶん高等教育は受けていないので、たいていベンガル語しかしゃべりません(日本人もほとんど日本語しか話さないけど)
この一ヶ月で80人くらい診察して、英語で問診できたのは1回だけ

そんな患者さんたちは、なんというかとてもピュアというか
精神面においても、症例としても、なんか手付かずというか

これアロパシーの病院いったら速攻入院だよね
みたいな症例でも、本人全然認識なくのほほんとやってきたり
 ↑dancing carotid
便に寄生虫が時々出てくるのよね、ちっちゃいやつよ
とさらっという人が結構多くて、昭和生まれ平成育ち日本人のわたしは結構衝撃を受けております

住んでればしゃべれるようになるよと言われ続けて早5年のわたしのベンガル語。。。
そんな患者さまたちなので、とにかくわたしがベンガル語を話してコミュニケーションをとるしかなく
正直多分1歳か2歳児程度のベンガル語レベル。。。いやそれ以下かもしれない
それでもほとんどイライラせずに、一生懸命症状を伝えてくれる患者さんたち
さらには、後ろで列をなしている他の患者さんたちが、ベンガル語からベンガル語への通訳をしてくれたり
毎日随所でわたしの必死なたどたどし過ぎるベンガル語に笑いが起こりつつ
(この前「血液検査してね」って言いたかったのに「血液掃除してね」って言っちゃったw)
最後はありがとう的な雰囲気を出して帰っていってくれる

奇跡のような毎日です
こんなに病変のある症例を見られること
医師として診察ができること
ベンガル語で患者さんたちとコミュニケーションをとっていること
ホメオパシーにfaithと情熱を持った人たちと議論できること
約200年近く前に実践されていたHahnemannの叡智が今もそのままの形で生きて人を癒していること
そしてその機会を与えられたこと


普段師匠の診療を見ていると、処方箋を書く前に師匠が選ぶレメディが分かることもあって
なんだか自分もそこそこ出来るような気になってたのに、いざ自分で始めると、全然そんな風にいかなくて
いかに師匠のcase takingのスキルが高いか
レメディの知識を実際の症例に応用するスキルが高いか
愕然として落ち込むくらい

さらに大学院生や他の医師と同じ机に座って、めいめいに患者さんを同時進行で診て行くので、他の人の処方をみる機会もあって
今まで完全に師匠一筋で、授業や試験以外ではほとんど先輩や先生に教えを請わずにきたので、新鮮なのですが
うちの大学ではなかなかイケてる大学院生や先生の処方をみていると
わたしごときが偉そうに申し訳ないのですが
師匠の処方の精度の高さにまた唸らざるを得ないかんじ
ひどい先生は、種類の限られた大砲(Rhus tox., Bryonia, Nux vomica)をドカンドカンと、しかも方角違ってますよーな感じで打ちまくっているのに対し
イケてる先輩は野球のノックくらいの感じでしょうか
そして、師匠はまるで針に糸を通すくらいの精度でレメディを合わせていきます

自分の足りなさに気付かせてもらえること
謙虚にさせてもらえること
ありがたいことだなぁと思っています


そんなインターンシップ中の奇跡のような一瞬一瞬

わたしはインドへなんだか気がついたら来ていたようなかんじだったので、
というのは自分の猛烈な意志で来たというよりも、なにかに導かれて来たような流れで
そしていざ始まったインドでの日々は、皆さんがご存知の通り
わたしにとってはこれまで苦行以外のなにものでもなく
そのため、このインドでの日々は、どうも押し付けられたように思ってしまうことが多く
インドの人々を愛することもできず、ベンガル語にも一切興味が持てず
日本への帰国を願うばかりの日々で

それが最近、このインドでの日々は与えられたものであると、そんな風に思うようになりました
インターンが始まったからなのか、インド生活の終わりが明確になったからなのか
なのかなのか

まだまだろくに話せないけど、ガソスタの兄ちゃんたちにベンガル語でいじられたり
花屋のおっちゃんにベンガル語でお花の水やりの仕方を教わったり
そんな他愛もなさげなことに、ちょっとしあわせ感じたり
ベンガル語を話したらこんなに世界がラクになって広がっていくんだなって
それでかインド人へのイライラもだいぶ減ったかも

残り約10ヶ月、必死に追い上げていかなければいけなくて
今の自分の足りなさに焦りつつ

でも最近少し大人になったと我ながら思うのは、
「少し長い目で見る」という視点を持てるようになってきたこと
これまでは、「今がダメだとそれまでも全部がダメになってしまって、これからも全然ダメだ」的な思考パターンになりがちだったけど
いい時もあればダメな時もある
今がダメでもこれからがダメとは限らない
自分の努力やカルマや神の意志次第で変わりゆく流れの中にいるのだと
思えるようになってきたこと

といっても解剖学の教科書広げるとやっぱり焦りまくりなのですが
神さまのキャスティングはいつもすてきで、助けてくれる人がいつも誰かしらいてくれるので
わたしもしっかり与えてもらったわたしの役を演じきれますように
いつも人に助けてもらう役ではなく、たまには人の役に立つ役を果たすことができますように
インドでその力をしっかり養うことができますように

明日はイケてる先輩が寄生虫への処方についてカテキョしてくれるそうです(無料!)
寄生虫学の教科書開いたら、何も覚えてないという衝撃事実がまた発覚したけど
たのしんで勉強していこうと思います
↑外来の診察の合間に院生の先輩が個人的にやってきた学部生に個人的に教えてくれるの図


誰かとはしゃぐクリスマスもよし、一人でblogを書くクリスマスもよし
この一瞬はこの一瞬しかなく
どれもがわたしに必要で、与えられたもので
そこにいつも感謝と愛をそなえていられますように

生まれてから2017年まで肩にぎゅっと力を入れてやってきたわたしを一つ納めて
2018年から少し違うモードでやっていけるといいなと思ってます

今年、わたしに学びの機会を与えてくれた皆さま
どうもありがとうございました!

ホメオパシーに希望を見出し、わたしに信頼をよせてくれた、勇気ある人々によって
わたしは生かされているのだと思います

どうぞよいお年を♡
I pray for your health and happiness!!

↑今いるのはこんな耳鼻科の図



2017/11/16

今日からプライマリーヘルスケア病院

鬼のような感染病院での15日間を終えて、今日からプライマリーヘルスケアセンター

同じ病院の中に現代医学の外来とホメオパシーの外来がある

さすがインド


ここで私たちは薬の調合をするらしいのですが、あるのは初めてみる会社のもの
よく見ると「政府専用」

さすがインド


机に一緒に置いてあるグロビュール(砂糖玉)は黄色いどころか茶色い
よく見ると2012年製造

さすがインド

今日から採血もしないし患者さんを傷つける恐れがないかと思いきや、お腹を壊させちゃうかも

まぁインドの人々だし大丈夫なんでしょうかね


9時に来いと言われて、ここに座り始めてはや1.5時間
誰もこない…

さすがインド

2017/11/05

大人になる

もう一時間くらいで30歳になろうとしています
どきわく!

30歳といえば、MISOZI
母がわたしを生んだ年齢でもあります

誰がこんなMISOZIになることを想像したでしょうか!



インドでは大体この時期PUJA vacationと言ってヒンドゥー教の祝日の嵐なので長期休みにつき、この5年間における誕生日は1回を除いて日本で過ごしていたような
その貴重な1回も日本人の皆さまと聖地巡礼をしていたので、盛大にお祝いしていただきました
インドで一人で迎える誕生日というのは。。。というか誕生日を一人で迎えるというのは、もしかすると生まれてこの方初めてのことかもしれません

一つの大台に乗るような気がする30歳
F***年齢!と口では言っても心のどこかではやはり気にしているところがあり

いつの頃から若く見られるとはしゃいでいる自分がいたり
6歳下の妹と並ぶと明らかなピチピチ感の喪失を目の当たりにしたり
なんだかおでこにシワのようなものがあるようなないような見なかったことにしたり

確かに肉体は日々水分を喪失しているのでしょう
もう、それは認めます
はい、ここに認めます
わたしはもうピチピチ感のない三十路女です

だけども、ひがみでも強がりでもなく
いま、わたしは歳を重ね大人になっていくことが
とても光栄なことに、
とても豊かなことに感じています

ここ最近思うところあって、心理学系の本を読んだり
それを実践してみたり

それは主に、自分の今の在り方が子ども時代の養育者との関係性に関連しているのではないかという仮説に基づく考察と実践なのですが

これは子どもであったわたしにはできなかったことだと思うのです

何かを問題として認識する
それを解決しようという自らの意志を持つ
それについて本を読んだり、映画をみたり、人と話をしたりして、勉強し研究する
解決策を実践に移す
その効果を観察する

物心ついた時から、自分の意識が変わったつもりは全くないけれど
明らかに、生きるスキルが上がっている
選択肢が増えているし、できることも増えている

自分が好きなことを知っているし
嫌いなことも知っている

わたしは、すごくザックリみれば、大人になるにつれ自由になっている気がするのです

子どものときは、違和感を感じでも「それっておかしくない?」って大人との力関係で言えなかったけど
今はたとえ言葉にして言わなくても、「わたしにとってはそれ違うな」って受け流すことができる


そのときは失敗したように思うかもしれない
社会の常識からしたら正しくないのかもしれない
宗教規範からしたら良いことではないのかもしれない

それでも、そのときそのとき、これまでの人生わたしにできるベストをしてきたんだと、なんだか今は思います


家族水入らずで過ごした誕生日
心友が夜中に自転車でケーキを持って待っていてくれた誕生日
生クリームまみれになった誕生日
生まれて初めてインドの地を踏んだ17歳の誕生日

0歳の生まれたその日に祝福してもらったことも含めたら、もう30回も、ただ生まれてきたということを祝ってもらっている


誰にとってもそうであるように、人生山あり谷ありで
いつもいつもがしあわせでしたとは、どうやっても言えないけれど

あの悲しみもあの苦しみもあの悔しさもあの怒りもあの罪悪感も
あの喜びもあの爆笑も
あの日みていた夢もあの日心に封印した夢も
あの出会いもあの恋もあの失恋も
あの日みた夕焼けもあの時の暗闇も

みんなみんなわたしを豊かにしてくれている

1年前の29歳のわたしより、豊かなわたしがここにいます



ここ最近、結構簡単に「自分を大切にしてね」とか言われてる気がするけど
実際自分を大切にすることってどういうことなのかあんまりちゃんと語られていない
その言葉に、例えば「あんまり夜遊びするなよ」とか「ちゃんと貞操観念を持ちなさい」とか「ジャンクフードばっか食べてたら将来ハゲるよ」とか「そんなミニスカートばっかり履いてたらお腹冷えますよ」とか本当に伝えたいことを隠しているような気もする

わたしにはどうしてもその簡単に投げかけられる重いテーマが理解できず

ある人は「自分の才能を大切にすること」だと言ってくれたり

今までどうしても興味を持てなかったことの一つに、こう見えても「お料理」があって←
人のためにならやる気になれるのに、自分のためだったらお腹すいてももう寝ちゃえばいいや!みたいな
それから子どもときから強く負けず嫌い傾向があり、それでここまで磨かれてきた部分はあるにせよ、結局自分のモチベーションが人との比較に依存している節もあるわけで
人より上手くできなさそうで、そこまで好きじゃなかったら、もう始めからやらない体質もあったわけです
料理に対してもそういう傾向があり
食わず嫌いならぬ、食うのは好きだけどやらず嫌い

やたら運動だったり美容系には燃えるのに。。。

だけどここ最近、男の料理もビックリな大胆料理に励んでいて
もちろん自分だけのために

今のわたしにとっては、それが「自分を大切にする」ということにしっくりくる一つの答のような気がしています

自分の声を聞いて、気持ちよく自分で自分の欲求を満たす

日本に帰る度に脂肪貯金を増やすのが大体のパターンなのだけど、
ここインドはそんな女子にとても素敵なところで
満月に見間違われるわたしに「かわいくなって帰ってきたね!」と真顔で言ってくれる

今回そんな料理熱のために一向に脂肪貯金が減らないんだけど、まぁそれもいっかと

もう人のために痩せるのとかやめよ

「自分と深くコネクトする」

そんなわたしの30代始まりだぜ!!




Everyday we lit yeah!






2017/11/03

インターンシップのはじまりはじまり!

念願のインターンシップが、2017年10月18日から始まりました!

毎日患者さんをたくさんみれるなんて!
もう授業に出なくていいなんて!

すっごいたのしみにしてたのに…

現実は厳しく
というかわたしの認識が甘く

ベンガル語ぜんぜんわかんねー!
主訴ほとんど理解できねー!
(患者さんはほぼベンガル語しか話しません)

ついにこの5年間逃げ回ってきたベンガル語に向かい合う日がきたようで
逃げてもいいけど、やっぱりいつか正面対決する日がくることを思い出し

最初数日受付のおばさんがわたしには全然患者さんをまわしてくれず、そのおばさんをうっかりベンガル語でおばさん呼ばわりしたら「シスターと呼びなさい」と怒られ
落ち込みスタートのインターンシップではありますが
なんとか持ち直した頃、次の行き先は公立の現代医学の病院

このインターンシップは1ヶ月毎にいろんなところを周ります
自分の大学内では、婦人科、小児科、内科、マテリアメディカ科、Organon科、歯科、耳鼻科、レパートリー科
それから外の公立病院3箇所(産婦人科での実習も)
自分の大学では、基本的に外来の患者さんを10時から15時くらいまで診察
よくわからない症例以外、結構インターンがさっさと処方してしまうという…
コルカタのホメオパシーのレベルが下がっていると嘆かれる近頃…ホメオパシー教育は非常に難しいものなのかもといったかんじ…
ていうか誰も臨床を指導する気もないというか…仕方が分からないのか…

そして11月から始まった公立病院は…


わたしは自分の大学の入院病棟を見るたびに、どんな重病になっても絶対ここには入院しまいと心に誓うくらい、今まで見た中での最低レベルにランク付けしていたのに
ここにきて最低が入れ替わるという快挙!
なんと1つのベッドに2人、ひどい時は3人の患者さんが横たわっているではありませんか!
下痢病棟の入院ベッドにはマットレスもなく、鉄のベッドの上にゴムのマットがびろーんとひいてあるだけ…

そこでわたしたちは、今まで全く練習もしたことのない採血に励んだり、狂犬病ワクチンを摂取したり、現代医学の薬を処方したりと
ドキドキハラハラそして大胆な毎日を現代医学の医師たちのご指導のもと過ごしています

まだ3日目だけど、現代医学の強みを垣間見たり、ホメオパシーの良さを感じたり
これもインドのホメオパシー教育における醍醐味かもしれません

気がついたらあっという間に一年が過ぎてしまいそうな、久しぶりに充実の毎日

深く濃いものになりますように

逃げ回ってきたものと、ちゃんと向かい合って
スーパーパワーをつけて日本に帰るぜ!