2018/01/14

満を持す

食べ物をシェアするために使った小皿がスリランカの友人から戻ってこないこと、はや3週間
その間、あれ彼氏がわたしの小皿使ってご飯食べてるよね?
そろそろ返してって言おうかなぁ
もしかして皿ごともらったと思ってる?
みたいな思惑を経つつも、なんとなく放置していたら

「あなたのためにちょっとこしらえたわよー」とお皿と一緒にスリランカンスイーツ

わたしがインドで学んでいるのは、こういうことかもしれないなぁと
徳川家康精神
満を持す
ベストを尽くして結果は委ねる

すでに帰国モード気味で、振り返りが多い近頃ですが
ここまで、わたしはインドで青い鳥を探し求めていたんじゃないかという気がするのです
それも直接見たことのある青い鳥ではなくて、何かで読んだのか、人から話を聞いたのか、本当にあるのかないのかもわからないような青い鳥

それを自分探しと呼んでもいいような気もするし

未だにはっきりとした表現を持たない曖昧な放浪だったように思うのですが

青い鳥のお話と同様に、放浪の終わりは、「ここにあった」

というかそもそもが探し求めるものではなかったのじゃないかという

だからと言って、この放浪が無駄だと思うこともなく、時間がかかり過ぎたという後悔もなく

すっきりとエネルギーを使うベクトルを変えていけるようになりつつあるような

まだまだ過程にいるので、言葉が泳いでいますが

こんなに贅沢に存分に放浪させてもらえたこと、ありがたいなぁと振り返りつつ

もしかしてあんなに嫌いだったインドを恋しいと思う日が来るような気がしてならない今日この頃
 

2017/12/26

奇跡のような毎日

元ルームメイトに言われました
「didi(hindi語でお姉さんの意)、試験前はそんなに勉強してなかったのに、インターンシップが始まってから勉強忙しそうですよね」

勉強してますアピールから始めます
2017年の締めくくり!

というのも、ほんとになぜ試験をパスできたのか謎なくらい、ほとんどついていけてなかった特に一年目の解剖学と生理学。。。
臨床始まって、その医学の基礎知識の大切さが日々痛いほど身にしみてます。。。

というのも、インドではホメオパシーはほんとにほんとの医学として人々に認識され、実践されているので
「まじで、これもホメオパシー?しかもインターンのわたしが診るの?」
な症例がたまにやってきます

わたしが通う大学National Institute of HomoeopathyはKolkataの行政区?のようなところにあって、診療は最初の登録料5ルピー(約10円)のみ、あとは薬代も含めて無料!
Instituteなので、研究機関でもあるようです
Materia Medica科の大学院の先輩たちは、Materia Medica Puraに記載されてある症状が実際に臨床で効果が得られるのか、やってくる患者さんで検証中だそう
Pharmacy科ではこの前Drug provingもしてたようです

そう、無料なので、なのか他に理由があるのか、患者さんはWest Bengal州の方々からやってきます
時にバングラディッシュからとか、列車で5時間かけてやってくるとか
外来は午前中しかやってないので、前の日入りして学校の敷地内で野宿して待つとか
そして患者さんのほとんどはたぶん高等教育は受けていないので、たいていベンガル語しかしゃべりません(日本人もほとんど日本語しか話さないけど)
この一ヶ月で80人くらい診察して、英語で問診できたのは1回だけ

そんな患者さんたちは、なんというかとてもピュアというか
精神面においても、症例としても、なんか手付かずというか

これアロパシーの病院いったら速攻入院だよね
みたいな症例でも、本人全然認識なくのほほんとやってきたり
 ↑dancing carotid
便に寄生虫が時々出てくるのよね、ちっちゃいやつよ
とさらっという人が結構多くて、昭和生まれ平成育ち日本人のわたしは結構衝撃を受けております

住んでればしゃべれるようになるよと言われ続けて早5年のわたしのベンガル語。。。
そんな患者さまたちなので、とにかくわたしがベンガル語を話してコミュニケーションをとるしかなく
正直多分1歳か2歳児程度のベンガル語レベル。。。いやそれ以下かもしれない
それでもほとんどイライラせずに、一生懸命症状を伝えてくれる患者さんたち
さらには、後ろで列をなしている他の患者さんたちが、ベンガル語からベンガル語への通訳をしてくれたり
毎日随所でわたしの必死なたどたどし過ぎるベンガル語に笑いが起こりつつ
(この前「血液検査してね」って言いたかったのに「血液掃除してね」って言っちゃったw)
最後はありがとう的な雰囲気を出して帰っていってくれる

奇跡のような毎日です
こんなに病変のある症例を見られること
医師として診察ができること
ベンガル語で患者さんたちとコミュニケーションをとっていること
ホメオパシーにfaithと情熱を持った人たちと議論できること
約200年近く前に実践されていたHahnemannの叡智が今もそのままの形で生きて人を癒していること
そしてその機会を与えられたこと


普段師匠の診療を見ていると、処方箋を書く前に師匠が選ぶレメディが分かることもあって
なんだか自分もそこそこ出来るような気になってたのに、いざ自分で始めると、全然そんな風にいかなくて
いかに師匠のcase takingのスキルが高いか
レメディの知識を実際の症例に応用するスキルが高いか
愕然として落ち込むくらい

さらに大学院生や他の医師と同じ机に座って、めいめいに患者さんを同時進行で診て行くので、他の人の処方をみる機会もあって
今まで完全に師匠一筋で、授業や試験以外ではほとんど先輩や先生に教えを請わずにきたので、新鮮なのですが
うちの大学ではなかなかイケてる大学院生や先生の処方をみていると
わたしごときが偉そうに申し訳ないのですが
師匠の処方の精度の高さにまた唸らざるを得ないかんじ
ひどい先生は、種類の限られた大砲(Rhus tox., Bryonia, Nux vomica)をドカンドカンと、しかも方角違ってますよーな感じで打ちまくっているのに対し
イケてる先輩は野球のノックくらいの感じでしょうか
そして、師匠はまるで針に糸を通すくらいの精度でレメディを合わせていきます

自分の足りなさに気付かせてもらえること
謙虚にさせてもらえること
ありがたいことだなぁと思っています


そんなインターンシップ中の奇跡のような一瞬一瞬

わたしはインドへなんだか気がついたら来ていたようなかんじだったので、
というのは自分の猛烈な意志で来たというよりも、なにかに導かれて来たような流れで
そしていざ始まったインドでの日々は、皆さんがご存知の通り
わたしにとってはこれまで苦行以外のなにものでもなく
そのため、このインドでの日々は、どうも押し付けられたように思ってしまうことが多く
インドの人々を愛することもできず、ベンガル語にも一切興味が持てず
日本への帰国を願うばかりの日々で

それが最近、このインドでの日々は与えられたものであると、そんな風に思うようになりました
インターンが始まったからなのか、インド生活の終わりが明確になったからなのか
なのかなのか

まだまだろくに話せないけど、ガソスタの兄ちゃんたちにベンガル語でいじられたり
花屋のおっちゃんにベンガル語でお花の水やりの仕方を教わったり
そんな他愛もなさげなことに、ちょっとしあわせ感じたり
ベンガル語を話したらこんなに世界がラクになって広がっていくんだなって
それでかインド人へのイライラもだいぶ減ったかも

残り約10ヶ月、必死に追い上げていかなければいけなくて
今の自分の足りなさに焦りつつ

でも最近少し大人になったと我ながら思うのは、
「少し長い目で見る」という視点を持てるようになってきたこと
これまでは、「今がダメだとそれまでも全部がダメになってしまって、これからも全然ダメだ」的な思考パターンになりがちだったけど
いい時もあればダメな時もある
今がダメでもこれからがダメとは限らない
自分の努力やカルマや神の意志次第で変わりゆく流れの中にいるのだと
思えるようになってきたこと

といっても解剖学の教科書広げるとやっぱり焦りまくりなのですが
神さまのキャスティングはいつもすてきで、助けてくれる人がいつも誰かしらいてくれるので
わたしもしっかり与えてもらったわたしの役を演じきれますように
いつも人に助けてもらう役ではなく、たまには人の役に立つ役を果たすことができますように
インドでその力をしっかり養うことができますように

明日はイケてる先輩が寄生虫への処方についてカテキョしてくれるそうです(無料!)
寄生虫学の教科書開いたら、何も覚えてないという衝撃事実がまた発覚したけど
たのしんで勉強していこうと思います
↑外来の診察の合間に院生の先輩が個人的にやってきた学部生に個人的に教えてくれるの図


誰かとはしゃぐクリスマスもよし、一人でblogを書くクリスマスもよし
この一瞬はこの一瞬しかなく
どれもがわたしに必要で、与えられたもので
そこにいつも感謝と愛をそなえていられますように

生まれてから2017年まで肩にぎゅっと力を入れてやってきたわたしを一つ納めて
2018年から少し違うモードでやっていけるといいなと思ってます

今年、わたしに学びの機会を与えてくれた皆さま
どうもありがとうございました!

ホメオパシーに希望を見出し、わたしに信頼をよせてくれた、勇気ある人々によって
わたしは生かされているのだと思います

どうぞよいお年を♡
I pray for your health and happiness!!

↑今いるのはこんな耳鼻科の図



2017/11/16

今日からプライマリーヘルスケア病院

鬼のような感染病院での15日間を終えて、今日からプライマリーヘルスケアセンター

同じ病院の中に現代医学の外来とホメオパシーの外来がある

さすがインド


ここで私たちは薬の調合をするらしいのですが、あるのは初めてみる会社のもの
よく見ると「政府専用」

さすがインド


机に一緒に置いてあるグロビュール(砂糖玉)は黄色いどころか茶色い
よく見ると2012年製造

さすがインド

今日から採血もしないし患者さんを傷つける恐れがないかと思いきや、お腹を壊させちゃうかも

まぁインドの人々だし大丈夫なんでしょうかね


9時に来いと言われて、ここに座り始めてはや1.5時間
誰もこない…

さすがインド

2017/11/05

大人になる

もう一時間くらいで30歳になろうとしています
どきわく!

30歳といえば、MISOZI
母がわたしを生んだ年齢でもあります

誰がこんなMISOZIになることを想像したでしょうか!



インドでは大体この時期PUJA vacationと言ってヒンドゥー教の祝日の嵐なので長期休みにつき、この5年間における誕生日は1回を除いて日本で過ごしていたような
その貴重な1回も日本人の皆さまと聖地巡礼をしていたので、盛大にお祝いしていただきました
インドで一人で迎える誕生日というのは。。。というか誕生日を一人で迎えるというのは、もしかすると生まれてこの方初めてのことかもしれません

一つの大台に乗るような気がする30歳
F***年齢!と口では言っても心のどこかではやはり気にしているところがあり

いつの頃から若く見られるとはしゃいでいる自分がいたり
6歳下の妹と並ぶと明らかなピチピチ感の喪失を目の当たりにしたり
なんだかおでこにシワのようなものがあるようなないような見なかったことにしたり

確かに肉体は日々水分を喪失しているのでしょう
もう、それは認めます
はい、ここに認めます
わたしはもうピチピチ感のない三十路女です

だけども、ひがみでも強がりでもなく
いま、わたしは歳を重ね大人になっていくことが
とても光栄なことに、
とても豊かなことに感じています

ここ最近思うところあって、心理学系の本を読んだり
それを実践してみたり

それは主に、自分の今の在り方が子ども時代の養育者との関係性に関連しているのではないかという仮説に基づく考察と実践なのですが

これは子どもであったわたしにはできなかったことだと思うのです

何かを問題として認識する
それを解決しようという自らの意志を持つ
それについて本を読んだり、映画をみたり、人と話をしたりして、勉強し研究する
解決策を実践に移す
その効果を観察する

物心ついた時から、自分の意識が変わったつもりは全くないけれど
明らかに、生きるスキルが上がっている
選択肢が増えているし、できることも増えている

自分が好きなことを知っているし
嫌いなことも知っている

わたしは、すごくザックリみれば、大人になるにつれ自由になっている気がするのです

子どものときは、違和感を感じでも「それっておかしくない?」って大人との力関係で言えなかったけど
今はたとえ言葉にして言わなくても、「わたしにとってはそれ違うな」って受け流すことができる


そのときは失敗したように思うかもしれない
社会の常識からしたら正しくないのかもしれない
宗教規範からしたら良いことではないのかもしれない

それでも、そのときそのとき、これまでの人生わたしにできるベストをしてきたんだと、なんだか今は思います


家族水入らずで過ごした誕生日
心友が夜中に自転車でケーキを持って待っていてくれた誕生日
生クリームまみれになった誕生日
生まれて初めてインドの地を踏んだ17歳の誕生日

0歳の生まれたその日に祝福してもらったことも含めたら、もう30回も、ただ生まれてきたということを祝ってもらっている


誰にとってもそうであるように、人生山あり谷ありで
いつもいつもがしあわせでしたとは、どうやっても言えないけれど

あの悲しみもあの苦しみもあの悔しさもあの怒りもあの罪悪感も
あの喜びもあの爆笑も
あの日みていた夢もあの日心に封印した夢も
あの出会いもあの恋もあの失恋も
あの日みた夕焼けもあの時の暗闇も

みんなみんなわたしを豊かにしてくれている

1年前の29歳のわたしより、豊かなわたしがここにいます



ここ最近、結構簡単に「自分を大切にしてね」とか言われてる気がするけど
実際自分を大切にすることってどういうことなのかあんまりちゃんと語られていない
その言葉に、例えば「あんまり夜遊びするなよ」とか「ちゃんと貞操観念を持ちなさい」とか「ジャンクフードばっか食べてたら将来ハゲるよ」とか「そんなミニスカートばっかり履いてたらお腹冷えますよ」とか本当に伝えたいことを隠しているような気もする

わたしにはどうしてもその簡単に投げかけられる重いテーマが理解できず

ある人は「自分の才能を大切にすること」だと言ってくれたり

今までどうしても興味を持てなかったことの一つに、こう見えても「お料理」があって←
人のためにならやる気になれるのに、自分のためだったらお腹すいてももう寝ちゃえばいいや!みたいな
それから子どもときから強く負けず嫌い傾向があり、それでここまで磨かれてきた部分はあるにせよ、結局自分のモチベーションが人との比較に依存している節もあるわけで
人より上手くできなさそうで、そこまで好きじゃなかったら、もう始めからやらない体質もあったわけです
料理に対してもそういう傾向があり
食わず嫌いならぬ、食うのは好きだけどやらず嫌い

やたら運動だったり美容系には燃えるのに。。。

だけどここ最近、男の料理もビックリな大胆料理に励んでいて
もちろん自分だけのために

今のわたしにとっては、それが「自分を大切にする」ということにしっくりくる一つの答のような気がしています

自分の声を聞いて、気持ちよく自分で自分の欲求を満たす

日本に帰る度に脂肪貯金を増やすのが大体のパターンなのだけど、
ここインドはそんな女子にとても素敵なところで
満月に見間違われるわたしに「かわいくなって帰ってきたね!」と真顔で言ってくれる

今回そんな料理熱のために一向に脂肪貯金が減らないんだけど、まぁそれもいっかと

もう人のために痩せるのとかやめよ

「自分と深くコネクトする」

そんなわたしの30代始まりだぜ!!




Everyday we lit yeah!






2017/11/03

インターンシップのはじまりはじまり!

念願のインターンシップが、2017年10月18日から始まりました!

毎日患者さんをたくさんみれるなんて!
もう授業に出なくていいなんて!

すっごいたのしみにしてたのに…

現実は厳しく
というかわたしの認識が甘く

ベンガル語ぜんぜんわかんねー!
主訴ほとんど理解できねー!
(患者さんはほぼベンガル語しか話しません)

ついにこの5年間逃げ回ってきたベンガル語に向かい合う日がきたようで
逃げてもいいけど、やっぱりいつか正面対決する日がくることを思い出し

最初数日受付のおばさんがわたしには全然患者さんをまわしてくれず、そのおばさんをうっかりベンガル語でおばさん呼ばわりしたら「シスターと呼びなさい」と怒られ
落ち込みスタートのインターンシップではありますが
なんとか持ち直した頃、次の行き先は公立の現代医学の病院

このインターンシップは1ヶ月毎にいろんなところを周ります
自分の大学内では、婦人科、小児科、内科、マテリアメディカ科、Organon科、歯科、耳鼻科、レパートリー科
それから外の公立病院3箇所(産婦人科での実習も)
自分の大学では、基本的に外来の患者さんを10時から15時くらいまで診察
よくわからない症例以外、結構インターンがさっさと処方してしまうという…
コルカタのホメオパシーのレベルが下がっていると嘆かれる近頃…ホメオパシー教育は非常に難しいものなのかもといったかんじ…
ていうか誰も臨床を指導する気もないというか…仕方が分からないのか…

そして11月から始まった公立病院は…


わたしは自分の大学の入院病棟を見るたびに、どんな重病になっても絶対ここには入院しまいと心に誓うくらい、今まで見た中での最低レベルにランク付けしていたのに
ここにきて最低が入れ替わるという快挙!
なんと1つのベッドに2人、ひどい時は3人の患者さんが横たわっているではありませんか!
下痢病棟の入院ベッドにはマットレスもなく、鉄のベッドの上にゴムのマットがびろーんとひいてあるだけ…

そこでわたしたちは、今まで全く練習もしたことのない採血に励んだり、狂犬病ワクチンを摂取したり、現代医学の薬を処方したりと
ドキドキハラハラそして大胆な毎日を現代医学の医師たちのご指導のもと過ごしています

まだ3日目だけど、現代医学の強みを垣間見たり、ホメオパシーの良さを感じたり
これもインドのホメオパシー教育における醍醐味かもしれません

気がついたらあっという間に一年が過ぎてしまいそうな、久しぶりに充実の毎日

深く濃いものになりますように

逃げ回ってきたものと、ちゃんと向かい合って
スーパーパワーをつけて日本に帰るぜ!

2017/10/17

スタンダードが入れ替わることと、すきについて

インドに住み始めて1、2年の頃は日本に馴染めなくなることを大いに危惧してた

テレビでみた年を取ってからのオノ・ヨーコさんが鮮烈で

その鮮烈さをいつか自分も放ってしまうのではないかと


それが5年ももう終わろうとしている今は、すっかり自分の中のスタンダードが入れ替わっている

インドにいて「おかしい」と思うことより、日本にいて「おかしい」と思う瞬間が増えた

うっかりその自分の基準で、正しい、正しくないと声を上げそうになるけど

それはただスタンダードが違うだけ


国を超えると正義の基準さえ変わってしまうことがある

カリフォルニア州では大麻を吸うことは合法だけど、日本では犯罪者だったり

日本ではスケボーだって公道で滑ったら違法らしい

ちなみに今乗り換えのためにやってきたタイではブッタの絵をタトゥーにしたり装飾用に使ったり信仰以外の目的での使用は違法だそうで

時代によってだってスタンダードは変わる


そうなってくるともうほんとに自分が心からいいと思えることをやるしかないのでは、と思う

日本の学校教育では、いつも答えがあって、その答えは1つだと教えられて

さらにその答えは自分で生み出すものではなく与えられるものだと刷り込まれる

どんなに人の話を聞いても

どんなに名著を読んでも

やっぱり最後は自分の納得度な気がする

といいつつ真理は1つであるという気もしてる



さてさてまだまだLAショックを引きずっていて

LAでは言葉で理由を説明できないすきなものにたくさん出会った

海、潮風、太陽の光、青くてでっかい空、晴れの毎日、夕陽、スケボー、サーフィン、ストリートカルチャー、日常を支えるhip hop、所有する物質が少なくてもすきを大事に夢を大事に生きる人たち、苦しみを越えて明るく笑う笑い声


それからたくさん心を使った

スケートボードに乗ったときの恐怖感、大きい波がくるときの恐怖感、痛いところをつっこまれて怒り、傷ついて悲しみ、寂しそうなホームレスの人をみて哀れんで、友達のジョークに笑い、人の優しさに触れて喜び

こんなに自分って恐怖を感じるんだとか

こんなに人の言葉や行動に一喜一憂するんだとか


インドにいて刺激される感情といえば、主に怒りで

無表情時間が長すぎるために、目尻にシワが少ないんじゃないかという結論にいたるくらいの過ごし方をしてきた5年間


心のすきじゃないの声を無理矢理頭で押し込んできた5年間


LAにいてインドの話をする度に「実はインド全然すきじゃない」と言えるようになったこと


それなのにアメリカにないものが、日本にもないものが、実はインドには溢れてて、案外そんなにインド嫌いじゃないかもと思うようになったり


新たな視点を獲得したことが、わたしの姿勢を豊かにしてくれる

それはそれで迷いが増えるといえば増えているんだけど、豊かに迷っているんだと思う


インドで過ごす最後の1

そこにわたしの未来がかかっているような気もするし、なんくるないさーな気もする


チャンドラーさんにヤマニヤマの深い解釈を教えてもらって

まさに自分に対する信頼は、気合いとか信じよう信じようとして得られるものではなく

自分自身の信頼を裏切らない、自分の努力を積み重ねていくことによって少しずつ形を成していくのだと気付いた


マヤアンジェローさんは何かを得るためには必ず代償を払わなければいけないといい、

それがきっと努力という代償なんだと思う


わたしにとってはいつも頭でどうこう考えて出した結論より、直感のゴーサインのほうが確かで揺るがない

理由を説明できないけど、すきなものはたぶん死ぬまですきなんだと思う


いつもチャレンジしてきたような気がするけど、この1年は自分に嘘をつかないというチャレンジを


目標のために、具体的な努力の仕方を学ぶことは大事ですね


今はインドに対して、自分の人生に対してこんなattitude



嘘をつかない、他人にも自分にも

せっかく「すき」に出会えたんだから大事にしようと思うのです

2017/10/03

ふとしたときに思いをはせる場所

自分がどれぐらいできるのか試したくて、アメリカ大陸はLos Angeles

できるかどころか、どれくらい足りてないのかを確認することに


インドの地を初めて踏みしめた時、たしかに驚きはあったけど、俗に言われる「インドに行ったら人生変わる」程の衝撃はなく

どちからといえば、インドにいることで徐々に自分が変わりつつあるような感覚

それがLAにきて、予想外のカルチャーショックの連続で


自分が揺さぶられる

なにかが変わりそうなどかーんどかーん


偶然か、この世に偶然なんてないのか

このタイミングでLAに着いた途端、背中に鬼のようなブツブツ大量発生(写真を撮る気持ちがわかないくらいの)

はじめはアメリカ用に気合いを入れてやったインドのワックスのせいかと思ったけど、どうもhomeopathic aggravation

10代初期の頃から発症していた背中ニキビに師匠がさらっと処方してくれたAnantherum-m 30C

1週間に1度レメディを1dose取る度に様子が変わっていく


ホメオパシーの原則は「似たものが似たものを治す」


この旅の中で1番の衝撃だった青年は、よくよく考えてみると自分のsuper extreme versionみたいで


自分が自分で勝手に作ってる限界、制約、思い込み、プレッシャー、罪悪感

アメリカにくるまで存在することに気付いてもいなかった、自分が持ってるたくさんのステレオタイプ

信じたいのに信じきれない弱さ

同時に社会に置いてけぼりにされる人たちにみせるやさしさと深いcompassion

そして痛いくらいの真剣さ


いろんな人にLAにいるなら、ベガスいったほうがいいよー!グランドキャニオンにいったほうがいいよ!いろんなアドバイスをもらったけど


今のわたしは人に会いたくて

人に関わっていたくて

人を通して世界をみたくて


こんなに自分が人に興味があるとは


これまでの人生、唯一絶対に自信があるのは人間出会い運

いっつもその時その時出会うべき人に出会わせてもらってる(Rinさんに言われて気付いた)


特にアメリカでは、見た目からライフスタイルから宗教観から人生の価値観まで、ほんとにすさまじいバリエーションがあって

自分の顔の大きさも足の短さも美しい個性の一つと思えるくらい

ホメオパシーもベジタリアンもインドも、「あ、そう」ですませてもらえるかんじ

そんなdynamicdiversityの中で、何をするのか何を着るのかだれと時間を過ごすのかという選択をしていくことは

自分の感性ときっちり向き合っていく感覚


この1ヶ月、相当迷いながら選び取ったもの

いろんなプレッシャーからほぼフリーに

自分が本当にすきなものがなんなのか

本当にやりたいことはなんなのか

もしかしたらインドにいる5年間向き合うことから逃げてきたことだったかも


もっともっと自由に

もっともっと真剣に

全身全霊で信じて

ちゃんとしあわせでいる


いっぱい失敗してきたようにみえる人生だけど、やるべきことをやってきたという確信

会うべき人に出会ってきたという確信

これでいいんだと思ったこと

まだまだ一回でうまくいかないことだらけだろうし、痛い思いをしなきゃいけないんだろうけど、もうそれでしょうがないかと


アメリカでお世話になったみなさま、ありがとうございました!


特にRinさん!ホメオパシーに出会わせてもらったけど、まさかsoul sisterだったとは!笑

Rinさんにかけてもらった言葉、大事に胸にしまってあります

RinさんはLAでホメオパシーのコンサルテーションをされてます!面倒見の良さピカイチ!

Rinさんについては

Art→rincolabucciart.com

Homeopathy→uarefine.com

Check it out!!


次にYukoさん!こんな言い方したらあれかもだけど、夢に見たような肝っ魂かぁちゃんに心配してもらって、お世話してもらったこと

それこそ夢に見てたことだったのかも


2人ともたまたまアメリカで生き抜く日本人女性だったのかもしれないけど、こんなにいいかんじにぶっ飛んだcoolな日本人シスターの存在は、完全にわたしの希望です


そしてあにき分、ひろきさん!

ひろきさんがいなかったらLAこれなかったよ!そこからつながって出会えた人たちも最高だったなー


あぁ、なんてすばらしい時間だったんだろう!


Financial supportをしてくれたmy familyにも感謝感謝です


改めて浮き彫りになった自分の課題が山もりでも

全然落ち込まずにいられるのは、全身で陽性パワーを浴びてきておかげかな

それともこれがまだまだ始まりであることの確信かな




I wish all we are filled with truth, faith and plenty of love!


いくぜ!