2017/11/16

今日からプライマリーヘルスケア病院

鬼のような感染病院での15日間を終えて、今日からプライマリーヘルスケアセンター

同じ病院の中に現代医学の外来とホメオパシーの外来がある

さすがインド


ここで私たちは薬の調合をするらしいのですが、あるのは初めてみる会社のもの
よく見ると「政府専用」

さすがインド


机に一緒に置いてあるグロビュール(砂糖玉)は黄色いどころか茶色い
よく見ると2012年製造

さすがインド

今日から採血もしないし患者さんを傷つける恐れがないかと思いきや、お腹を壊させちゃうかも

まぁインドの人々だし大丈夫なんでしょうかね


9時に来いと言われて、ここに座り始めてはや1.5時間
誰もこない…

さすがインド

2017/11/05

大人になる

もう一時間くらいで30歳になろうとしています
どきわく!

30歳といえば、MISOZI
母がわたしを生んだ年齢でもあります

誰がこんなMISOZIになることを想像したでしょうか!



インドでは大体この時期PUJA vacationと言ってヒンドゥー教の祝日の嵐なので長期休みにつき、この5年間における誕生日は1回を除いて日本で過ごしていたような
その貴重な1回も日本人の皆さまと聖地巡礼をしていたので、盛大にお祝いしていただきました
インドで一人で迎える誕生日というのは。。。というか誕生日を一人で迎えるというのは、もしかすると生まれてこの方初めてのことかもしれません

一つの大台に乗るような気がする30歳
F***年齢!と口では言っても心のどこかではやはり気にしているところがあり

いつの頃から若く見られるとはしゃいでいる自分がいたり
6歳下の妹と並ぶと明らかなピチピチ感の喪失を目の当たりにしたり
なんだかおでこにシワのようなものがあるようなないような見なかったことにしたり

確かに肉体は日々水分を喪失しているのでしょう
もう、それは認めます
はい、ここに認めます
わたしはもうピチピチ感のない三十路女です

だけども、ひがみでも強がりでもなく
いま、わたしは歳を重ね大人になっていくことが
とても光栄なことに、
とても豊かなことに感じています

ここ最近思うところあって、心理学系の本を読んだり
それを実践してみたり

それは主に、自分の今の在り方が子ども時代の養育者との関係性に関連しているのではないかという仮説に基づく考察と実践なのですが

これは子どもであったわたしにはできなかったことだと思うのです

何かを問題として認識する
それを解決しようという自らの意志を持つ
それについて本を読んだり、映画をみたり、人と話をしたりして、勉強し研究する
解決策を実践に移す
その効果を観察する

物心ついた時から、自分の意識が変わったつもりは全くないけれど
明らかに、生きるスキルが上がっている
選択肢が増えているし、できることも増えている

自分が好きなことを知っているし
嫌いなことも知っている

わたしは、すごくザックリみれば、大人になるにつれ自由になっている気がするのです

子どものときは、違和感を感じでも「それっておかしくない?」って大人との力関係で言えなかったけど
今はたとえ言葉にして言わなくても、「わたしにとってはそれ違うな」って受け流すことができる


そのときは失敗したように思うかもしれない
社会の常識からしたら正しくないのかもしれない
宗教規範からしたら良いことではないのかもしれない

それでも、そのときそのとき、これまでの人生わたしにできるベストをしてきたんだと、なんだか今は思います


家族水入らずで過ごした誕生日
心友が夜中に自転車でケーキを持って待っていてくれた誕生日
生クリームまみれになった誕生日
生まれて初めてインドの地を踏んだ17歳の誕生日

0歳の生まれたその日に祝福してもらったことも含めたら、もう30回も、ただ生まれてきたということを祝ってもらっている


誰にとってもそうであるように、人生山あり谷ありで
いつもいつもがしあわせでしたとは、どうやっても言えないけれど

あの悲しみもあの苦しみもあの悔しさもあの怒りもあの罪悪感も
あの喜びもあの爆笑も
あの日みていた夢もあの日心に封印した夢も
あの出会いもあの恋もあの失恋も
あの日みた夕焼けもあの時の暗闇も

みんなみんなわたしを豊かにしてくれている

1年前の29歳のわたしより、豊かなわたしがここにいます



ここ最近、結構簡単に「自分を大切にしてね」とか言われてる気がするけど
実際自分を大切にすることってどういうことなのかあんまりちゃんと語られていない
その言葉に、例えば「あんまり夜遊びするなよ」とか「ちゃんと貞操観念を持ちなさい」とか「ジャンクフードばっか食べてたら将来ハゲるよ」とか「そんなミニスカートばっかり履いてたらお腹冷えますよ」とか本当に伝えたいことを隠しているような気もする

わたしにはどうしてもその簡単に投げかけられる重いテーマが理解できず

ある人は「自分の才能を大切にすること」だと言ってくれたり

今までどうしても興味を持てなかったことの一つに、こう見えても「お料理」があって←
人のためにならやる気になれるのに、自分のためだったらお腹すいてももう寝ちゃえばいいや!みたいな
それから子どもときから強く負けず嫌い傾向があり、それでここまで磨かれてきた部分はあるにせよ、結局自分のモチベーションが人との比較に依存している節もあるわけで
人より上手くできなさそうで、そこまで好きじゃなかったら、もう始めからやらない体質もあったわけです
料理に対してもそういう傾向があり
食わず嫌いならぬ、食うのは好きだけどやらず嫌い

やたら運動だったり美容系には燃えるのに。。。

だけどここ最近、男の料理もビックリな大胆料理に励んでいて
もちろん自分だけのために

今のわたしにとっては、それが「自分を大切にする」ということにしっくりくる一つの答のような気がしています

自分の声を聞いて、気持ちよく自分で自分の欲求を満たす

日本に帰る度に脂肪貯金を増やすのが大体のパターンなのだけど、
ここインドはそんな女子にとても素敵なところで
満月に見間違われるわたしに「かわいくなって帰ってきたね!」と真顔で言ってくれる

今回そんな料理熱のために一向に脂肪貯金が減らないんだけど、まぁそれもいっかと

もう人のために痩せるのとかやめよ

「自分と深くコネクトする」

そんなわたしの30代始まりだぜ!!




Everyday we lit yeah!






2017/11/03

インターンシップのはじまりはじまり!

念願のインターンシップが、2017年10月18日から始まりました!

毎日患者さんをたくさんみれるなんて!
もう授業に出なくていいなんて!

すっごいたのしみにしてたのに…

現実は厳しく
というかわたしの認識が甘く

ベンガル語ぜんぜんわかんねー!
主訴ほとんど理解できねー!
(患者さんはほぼベンガル語しか話しません)

ついにこの5年間逃げ回ってきたベンガル語に向かい合う日がきたようで
逃げてもいいけど、やっぱりいつか正面対決する日がくることを思い出し

最初数日受付のおばさんがわたしには全然患者さんをまわしてくれず、そのおばさんをうっかりベンガル語でおばさん呼ばわりしたら「シスターと呼びなさい」と怒られ
落ち込みスタートのインターンシップではありますが
なんとか持ち直した頃、次の行き先は公立の現代医学の病院

このインターンシップは1ヶ月毎にいろんなところを周ります
自分の大学内では、婦人科、小児科、内科、マテリアメディカ科、Organon科、歯科、耳鼻科、レパートリー科
それから外の公立病院3箇所(産婦人科での実習も)
自分の大学では、基本的に外来の患者さんを10時から15時くらいまで診察
よくわからない症例以外、結構インターンがさっさと処方してしまうという…
コルカタのホメオパシーのレベルが下がっていると嘆かれる近頃…ホメオパシー教育は非常に難しいものなのかもといったかんじ…
ていうか誰も臨床を指導する気もないというか…仕方が分からないのか…

そして11月から始まった公立病院は…


わたしは自分の大学の入院病棟を見るたびに、どんな重病になっても絶対ここには入院しまいと心に誓うくらい、今まで見た中での最低レベルにランク付けしていたのに
ここにきて最低が入れ替わるという快挙!
なんと1つのベッドに2人、ひどい時は3人の患者さんが横たわっているではありませんか!
下痢病棟の入院ベッドにはマットレスもなく、鉄のベッドの上にゴムのマットがびろーんとひいてあるだけ…

そこでわたしたちは、今まで全く練習もしたことのない採血に励んだり、狂犬病ワクチンを摂取したり、現代医学の薬を処方したりと
ドキドキハラハラそして大胆な毎日を現代医学の医師たちのご指導のもと過ごしています

まだ3日目だけど、現代医学の強みを垣間見たり、ホメオパシーの良さを感じたり
これもインドのホメオパシー教育における醍醐味かもしれません

気がついたらあっという間に一年が過ぎてしまいそうな、久しぶりに充実の毎日

深く濃いものになりますように

逃げ回ってきたものと、ちゃんと向かい合って
スーパーパワーをつけて日本に帰るぜ!

2017/10/17

スタンダードが入れ替わることと、すきについて

インドに住み始めて1、2年の頃は日本に馴染めなくなることを大いに危惧してた

テレビでみた年を取ってからのオノ・ヨーコさんが鮮烈で

その鮮烈さをいつか自分も放ってしまうのではないかと


それが5年ももう終わろうとしている今は、すっかり自分の中のスタンダードが入れ替わっている

インドにいて「おかしい」と思うことより、日本にいて「おかしい」と思う瞬間が増えた

うっかりその自分の基準で、正しい、正しくないと声を上げそうになるけど

それはただスタンダードが違うだけ


国を超えると正義の基準さえ変わってしまうことがある

カリフォルニア州では大麻を吸うことは合法だけど、日本では犯罪者だったり

日本ではスケボーだって公道で滑ったら違法らしい

ちなみに今乗り換えのためにやってきたタイではブッタの絵をタトゥーにしたり装飾用に使ったり信仰以外の目的での使用は違法だそうで

時代によってだってスタンダードは変わる


そうなってくるともうほんとに自分が心からいいと思えることをやるしかないのでは、と思う

日本の学校教育では、いつも答えがあって、その答えは1つだと教えられて

さらにその答えは自分で生み出すものではなく与えられるものだと刷り込まれる

どんなに人の話を聞いても

どんなに名著を読んでも

やっぱり最後は自分の納得度な気がする

といいつつ真理は1つであるという気もしてる



さてさてまだまだLAショックを引きずっていて

LAでは言葉で理由を説明できないすきなものにたくさん出会った

海、潮風、太陽の光、青くてでっかい空、晴れの毎日、夕陽、スケボー、サーフィン、ストリートカルチャー、日常を支えるhip hop、所有する物質が少なくてもすきを大事に夢を大事に生きる人たち、苦しみを越えて明るく笑う笑い声


それからたくさん心を使った

スケートボードに乗ったときの恐怖感、大きい波がくるときの恐怖感、痛いところをつっこまれて怒り、傷ついて悲しみ、寂しそうなホームレスの人をみて哀れんで、友達のジョークに笑い、人の優しさに触れて喜び

こんなに自分って恐怖を感じるんだとか

こんなに人の言葉や行動に一喜一憂するんだとか


インドにいて刺激される感情といえば、主に怒りで

無表情時間が長すぎるために、目尻にシワが少ないんじゃないかという結論にいたるくらいの過ごし方をしてきた5年間


心のすきじゃないの声を無理矢理頭で押し込んできた5年間


LAにいてインドの話をする度に「実はインド全然すきじゃない」と言えるようになったこと


それなのにアメリカにないものが、日本にもないものが、実はインドには溢れてて、案外そんなにインド嫌いじゃないかもと思うようになったり


新たな視点を獲得したことが、わたしの姿勢を豊かにしてくれる

それはそれで迷いが増えるといえば増えているんだけど、豊かに迷っているんだと思う


インドで過ごす最後の1

そこにわたしの未来がかかっているような気もするし、なんくるないさーな気もする


チャンドラーさんにヤマニヤマの深い解釈を教えてもらって

まさに自分に対する信頼は、気合いとか信じよう信じようとして得られるものではなく

自分自身の信頼を裏切らない、自分の努力を積み重ねていくことによって少しずつ形を成していくのだと気付いた


マヤアンジェローさんは何かを得るためには必ず代償を払わなければいけないといい、

それがきっと努力という代償なんだと思う


わたしにとってはいつも頭でどうこう考えて出した結論より、直感のゴーサインのほうが確かで揺るがない

理由を説明できないけど、すきなものはたぶん死ぬまですきなんだと思う


いつもチャレンジしてきたような気がするけど、この1年は自分に嘘をつかないというチャレンジを


目標のために、具体的な努力の仕方を学ぶことは大事ですね


今はインドに対して、自分の人生に対してこんなattitude



嘘をつかない、他人にも自分にも

せっかく「すき」に出会えたんだから大事にしようと思うのです

2017/10/03

ふとしたときに思いをはせる場所

自分がどれぐらいできるのか試したくて、アメリカ大陸はLos Angeles

できるかどころか、どれくらい足りてないのかを確認することに


インドの地を初めて踏みしめた時、たしかに驚きはあったけど、俗に言われる「インドに行ったら人生変わる」程の衝撃はなく

どちからといえば、インドにいることで徐々に自分が変わりつつあるような感覚

それがLAにきて、予想外のカルチャーショックの連続で


自分が揺さぶられる

なにかが変わりそうなどかーんどかーん


偶然か、この世に偶然なんてないのか

このタイミングでLAに着いた途端、背中に鬼のようなブツブツ大量発生(写真を撮る気持ちがわかないくらいの)

はじめはアメリカ用に気合いを入れてやったインドのワックスのせいかと思ったけど、どうもhomeopathic aggravation

10代初期の頃から発症していた背中ニキビに師匠がさらっと処方してくれたAnantherum-m 30C

1週間に1度レメディを1dose取る度に様子が変わっていく


ホメオパシーの原則は「似たものが似たものを治す」


この旅の中で1番の衝撃だった青年は、よくよく考えてみると自分のsuper extreme versionみたいで


自分が自分で勝手に作ってる限界、制約、思い込み、プレッシャー、罪悪感

アメリカにくるまで存在することに気付いてもいなかった、自分が持ってるたくさんのステレオタイプ

信じたいのに信じきれない弱さ

同時に社会に置いてけぼりにされる人たちにみせるやさしさと深いcompassion

そして痛いくらいの真剣さ


いろんな人にLAにいるなら、ベガスいったほうがいいよー!グランドキャニオンにいったほうがいいよ!いろんなアドバイスをもらったけど


今のわたしは人に会いたくて

人に関わっていたくて

人を通して世界をみたくて


こんなに自分が人に興味があるとは


これまでの人生、唯一絶対に自信があるのは人間出会い運

いっつもその時その時出会うべき人に出会わせてもらってる(Rinさんに言われて気付いた)


特にアメリカでは、見た目からライフスタイルから宗教観から人生の価値観まで、ほんとにすさまじいバリエーションがあって

自分の顔の大きさも足の短さも美しい個性の一つと思えるくらい

ホメオパシーもベジタリアンもインドも、「あ、そう」ですませてもらえるかんじ

そんなdynamicdiversityの中で、何をするのか何を着るのかだれと時間を過ごすのかという選択をしていくことは

自分の感性ときっちり向き合っていく感覚


この1ヶ月、相当迷いながら選び取ったもの

いろんなプレッシャーからほぼフリーに

自分が本当にすきなものがなんなのか

本当にやりたいことはなんなのか

もしかしたらインドにいる5年間向き合うことから逃げてきたことだったかも


もっともっと自由に

もっともっと真剣に

全身全霊で信じて

ちゃんとしあわせでいる


いっぱい失敗してきたようにみえる人生だけど、やるべきことをやってきたという確信

会うべき人に出会ってきたという確信

これでいいんだと思ったこと

まだまだ一回でうまくいかないことだらけだろうし、痛い思いをしなきゃいけないんだろうけど、もうそれでしょうがないかと


アメリカでお世話になったみなさま、ありがとうございました!


特にRinさん!ホメオパシーに出会わせてもらったけど、まさかsoul sisterだったとは!笑

Rinさんにかけてもらった言葉、大事に胸にしまってあります

RinさんはLAでホメオパシーのコンサルテーションをされてます!面倒見の良さピカイチ!

Rinさんについては

Art→rincolabucciart.com

Homeopathy→uarefine.com

Check it out!!


次にYukoさん!こんな言い方したらあれかもだけど、夢に見たような肝っ魂かぁちゃんに心配してもらって、お世話してもらったこと

それこそ夢に見てたことだったのかも


2人ともたまたまアメリカで生き抜く日本人女性だったのかもしれないけど、こんなにいいかんじにぶっ飛んだcoolな日本人シスターの存在は、完全にわたしの希望です


そしてあにき分、ひろきさん!

ひろきさんがいなかったらLAこれなかったよ!そこからつながって出会えた人たちも最高だったなー


あぁ、なんてすばらしい時間だったんだろう!


Financial supportをしてくれたmy familyにも感謝感謝です


改めて浮き彫りになった自分の課題が山もりでも

全然落ち込まずにいられるのは、全身で陽性パワーを浴びてきておかげかな

それともこれがまだまだ始まりであることの確信かな




I wish all we are filled with truth, faith and plenty of love!


いくぜ!



2017/08/10

試験期間における愛の考察

ご無沙汰しております!


(おそらく)インド大学生活最後の進級試験が終わりました

何か起こらずしては終われないインドの試験

それは例えるなら高校球児にとっての甲子園であり、駅伝選手にとっての箱根であり、飲食店にとってのお盆休みなのですなんかちがったらスミマセン

つまりフル戦闘モードなわけです


人間が本気を出している時にこそ、数々のドラマが生まれる傾向なわけで

これまでのわたしだったらそれをおもしろおかしく、なんなら小バカにした調子で書き上げていたと思うのですが

今回はそういう気分ではなく


というのも、同じ寮で暮らす先輩後輩のサポートがほんとにすごかった

この寮はインターナショナルホステルなる名前がついておりますが、基本はスリランカホステルです

寮在住者の9割近くがスリランカ人なので、食堂で出てくるごはんもスリランカよりです

インドにいるのにシンハラ語をやたら耳にする稀有な場所でもあります

彼らはスリランカ政府から奨学金をもらって派遣された選ばれしものたちであり

日本の小学校低学年レベルで家族に保護されベッタリしていた環境の中から、突然異国の地インドへやってきたわけで

助け合わざるをえない

先にインドに来ていた先輩をお兄さんお姉さんと呼び、お兄さんお姉さんと呼ばれる人たちは後輩のことを妹、弟と呼ぶ

まさにこの寮は1つの大きな家族状態


そこになぜか紛れ込む日本人1


これまでは加わっているというより、ただ存在しているというか、まぁなんかいるよね的存在で、なるべく交わらずクールに過ごしていたのですが

今回の試験、また例の先生のなぞのエゴイズムアピール行動により、わたしは彼の科目の試験を受けられない疑惑が浮上


この試験なにが大事かというと残りのインドステイの期間がかかっているということでした

全科目パスすれば、11月くらいから1年のインターンをやってついに念願の帰国

1科目でも落とせば追試になって、最低6ヶ月はステイ延長

天国で過ごす6ヶ月となるか、はたまた地獄で過ごす6ヶ月となるか

ということでなにがなんでも一発合格したかったのに

試験を受ける前から追試になる宣告

すっかりやる気を失っていました


ところからのやっぱり全科目受けれるかもニュース

時はすでに試験2週間前をきっている


その状態からの盛り返しはほんとうにチームスリランカのおかげでした

(実際盛り返せてるかは結果をみないとだけど)

各科目得意な先輩がいて、それぞれがその科目を教えてくれる

日本だったら絶対お金を請求されるレベルの時間とエネルギーを費やして

夜中自分の睡眠時間を削ってまでも教えてくれる先輩たち

またそのクオリティの高さ

後輩は朝の寝起きに夕方の寝起きに、雨が降れば眠くなるからと13度もチャイを作ってくれたり、試験期間は食堂よりはるかにクオリティの高い朝食を学年交代で作ってくれて

ルームメイトは試験当日に着るクルタに毎朝アイロンをかけてくれたり、食堂に代わりにお昼ごはんを取りに行ってくれたり

口頭試験に含まれるcase taking中には、後輩が代わりにレパートリーシートを埋めてくれたり、先輩はケースを読み上げてくれたり

口頭試験の会場には必ず先輩も後輩も顔を出してくれて、お腹が空いてないか必要なものがないか確認してくれて


インドにいて初めて、"人の中で生かされている"ということを全身で感じた思いがけぬ貴重な時間を過ごさせてもらいました



インドと日本の対比で、日本は人様に迷惑をかけないようにと育てられるけど、インドは迷惑をかけるのが当たり前なんだから、人を許しなさいというように育てるという話をきいたことがある

実際にインドでお母さんが子どもにそんなことを言っているのは今のところ聞いたことがないけど、もし言っていたとしても言葉の壁でわかってないけど

たしかにインド&スリランカの人たちの迷惑のかけっぷりはハンパない


先にも書いた口頭試験中、科目によっては入院病棟でケースをとるわけです

それは事前にだれもが知っていることなわけです

そのケースをとる紙に普通は定規で線をひいたり、図を書くのに鉛筆を使ったり、間違えたら修正液を使うのは明白なわけです

なのに、どれも持ってこない

日本人的感覚からすれば、譲ってまぁまだ1年目なら分かる

今回わたしたちは4年目なわけです

さらにこのcase takingはわりと時間との戦いで、とにかく素早く正確に終わらせて、これから始まる口頭試験に備えて最後の詰め込みをしたい

それもみんなの共通認識のはずなのに、持ってこない

さらに日本人的感覚からすれば、持ってこなかった自分を恥じて、恐る恐る「貸してもらってもいい?」

でもインドではなにも言わずに右から左から手が伸びてきて、わたしも自分の手を伸ばして取り戻さないと返ってこない


また、それまであそんでて試験前に突然勉強ができてないとオロオロする人がいても、まぁ日本なら自業自得でしょだけれども

ここだとそこからみんなでなんとかしてくれようとする

一応あそんでたことへの小言は入りますが


さらに同級生の子は試験の時の提出物を代わりに先輩に後輩に書いてもらって、試験当日までになんとか間に合わせる



準備のよい人がいて、そうでない人がいる

得意な人がいて、そうでない人がいる

できる人がいて、そうでない人がいる

前者は後者を助ける

理由は、それが自分にできるから

後になんの見返りを求めるわけでもなく

とにかくそれぞれがよい方向に向かって、その時やれることやる



日本にもインドにもきっと同じくらい愛もやさしさもあたたかさもあると思うのです

ただその表現の仕方が今は全然違う

インドでは、お母さんや奥さん、ついでにいえば彼女も、まず愛する誰かのお腹が満たされいるのかを気にする

満たされていなければ、なにかをどうにか作ってなんとしてでも満たす

この国でどれほど「食事はすんだの?」と女の人たちに聞かれたことか

インドでお招きされて満腹で帰らないことはまずない

どんなに貧しいおうちでも、ごはんと豆だけのカレーだけど、これでもかというくらい食べさせてくれたことがありました


日本でもお母さんたちは、子どものことを愛し、いろんなことを気にかけています

添加物が含まれているのか

オーガニックかどうか

放射能はどうか

陰陽のバランスはどうか

本当によくここまでがんばれるなというくらい、勉強している立派なお母さん方

大人になったとき、子どもたちはお母さんの努力に頭が下がるはず

でもちょっと言いづらいけど、TBHわたしの経験からしても、子どものときは"それイコール愛されてるんだ感"につながりづらいのではないかという気がしています


日本では特に母娘の関係に悩む人がたくさんいるようで、わたしがホメオパシー健康相談を通して娘さんの話もお母さんの話もそれぞれ個別に聞く機会があったりします

娘さんは「うちの母は、母親らしくない母親であまり自分は愛されてこなかった」と

お母さんの話を聞くとお母さんは当時ほかのいろんな事情で、たしかに直接愛を表現できなかったかもしれないけど、できる限りベストの選択を娘のためにしたんだと


お母さんが娘の時代と娘が娘の時代と、大きく社会構造や価値観が変化していることもあるのかもしれません


日本にいる間、ついインドのノリで困ってそうな人がいると気安く声をかけてしまうのですが

大体いただく返事の第一声は「あ、大丈夫です」

インド化してしまってるわたしは(言い訳)それが日本の謙虚で慎ましやか文化であることを理解できずに、ならいっか!と返事を丸のみにして立ち去ってしまっていたのですが


愛はある、やさしさも思いやりもあるのに

表現する人と受け取る人がお互いに不器用なのか

お互い違うルールの上でそれを実践してしまっているのか

そしてお互いにそれを気付けないのか


コミニケーションのルールは、相互的であることだと聞いたことがあります(今日ちょうど習ったnew word 'reciprocal'

伝えたいことが伝わってはじめてコミニケーションといえる

まぁ100%正確には難しいこともあるでしょうが


それこそわたしだって今までインドやスリランカ式の愛情表現で育ってきてないので、突然手でクチョクチョされたカレーを口元に運ばれても、毎日3度母親から電話がかかってきても、正直ではありますが

同時にやっぱりおいしく丁寧に作られたカレーに、完璧なタイミングで出てくるチャイに愛を感じぜずにはいられない


胃で感じる愛

皮膚で感じる愛

たしかにprimitiveかもしれないけど、必要な時がある

満たされるものがある

絶対に


特にそこで苦しんでいる人たちがいるとすれば、確かに海外から賞賛される日本の美しい慎ましやか文化とは違うかもしれないけれど、そんなことを言ってる場合じゃないのではないかと


試験期間中、最高に情緒不安定になる中、自分の親子関係も含めて、なんだかそんなことを考えました



以上、試験期間における愛の考察をおわりますが

あ、それと愛の表現はタイミングがすごい大事だと思いましたがこれはまた今度


とにかくスリランカのみなさん、バーモストゥーティ!

ここにきてこんなことを体験できたこと、恵まれているなぁとじわじわ思っています


また試験期間が終われば、これまで通りの自分の目覚ましでは決して起きないルームメイトに、物を貸しては返さない先輩方にそんなこともろもろのチームスリランカは相変わらずですが


そんな中で生きる自分の気持ちの持ち用が少し変わったように思います


できることのバトンをつないで


Pay it forward 


もう一度、バーモストゥーティ!


後輩の淹れてくれた深夜のスリランカチャイ



(次回は、たぶん山の日デラックス試験期間における自分の考察でお送りいたします)

(いつか川の日もできるんですか?)


2017/05/21

なんでインドか

ホメオパシーを学ぶのになんでインドなのか
人に問われる以上に、自分で自分に問いた回数のほうが多いかもしれない

発祥の地ドイツではなく
王妃もホメオパシーを愛するイギリスではなく
ジョージヴィソルカスの学校があるギリシャでもなく

インド

外国で暮らしてみたいとぽわんと夢見たこともあったけど、それはどちらかというとアメリカのpartyなイメージで

インドに恋い焦がれたことは、覚えている限り今生では一度もない

この四年半の間、わたしに課題を与えてくれたのは、ホメオパシーよりもはるかにインドだっただろう

知らんぷりを決め込みたいところだが、わたしはなんでインドなのか知っている

男性が全くタイプではない
クラブで流れる曲が全くタイプでない
同級生たちがはしゃぐあそびが全くタイプでない

つまり、わたしがインドでやることは
勉強か自分に向き合うか

精神的にはしっかり、経済的にはそこそこ安定した家庭でのびのび育って
失敗も挫折もそれなりにはあったけど、それは全部自分のやりたいことの延長にあったことで

「ここらでこいつ頑張らせとくか」
神さまの粋なはからい
ほんとにわたしのことよくご存知で

これが最初の問いを投げたときに、わたしがたどり着く見解

そんなインドももう残り1.5年
夏はあと1回

インドにシミを作りにきたわけではなく
ましてや思い出を作りにきたわけでもなく

じゃあなにをしにきたのか

インドにきてから、自分に問いかけてばっかりです

なにかが実りますように



息をするのがやっとなわたしのコルカタの夏だけど、それだけ色が濃い

さぁ、帰ろう
ホームスィートホーム!